テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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2007年後半目次

ちいさん、東京メトロ、神楽坂駅出口のところにやって来きました。

「今日のテーマは写真を通じて見る東京の風景の今と昔です。」

<神楽坂駅関連ページ>
ウィキペディア

「昭和の風景を求めて 東京の風景 今と昔」

昭和の風景、それは過ぎ去りし日々の記憶。ふと思い出される懐かしい風景(昭和42年10月三田2丁目、路面電車の風景)。それは鮮烈な記憶と伴に刻まれたものだったり、何でもない日常の断片だったり(昭和37年6月本郷4丁目、松月堂の写真)、古びた一枚の写真から蘇る、頭の片隅に残る街角の風景(昭和36年7月白金台2丁目、紙芝居に群がる子供たちの写真)と、様々な思い出。そこには、それぞれが歩んだ昭和があるはず。

<ありし日の紙芝居関連ページ>
日本古写真保存協会


BO-YA(輸入雑貨&TOY)

今日は懐かしい街角の風景が語る昭和を訪ねます。ちいさんが訪ねたのは昭和の街角を写真に撮り続けた一人のカメラマン。


PCあきんど楽市店


「昭和の風景を求めて 日常の街角の風景」

「お!ねこが絵んなるねー、これはー。」

黒と白のツートンカラーのねこが、塀の上で佇んでいます。

「毅然としたねこだよ。ほら!わたしは、わたしよ!って感じだねー。」

ちいさんがそういうと、こちらの方を向いて、睨みつけてきました。

「じゃーねー、お邪魔しますねー、すいません。」

ちいさん、ねこに気を使いながらのお散歩の始まりです。


セレクト家具インテリア館

さらに歩くと、カメラを持った男性がいました。

(ちいさん)こんにちはー、どうも地井です。どうぞよろしくお願いします。どうもー。。。
(持田さん)こちらこそ。

東京の写真を撮り続けて60年という、持田昇さん(アマチュアカメラマン、72歳)。そのカメラに収めてきた東京の風景は、かつて街角で見られたごく当たり前の風景(昭和26年2月銀座4丁目、銀座和光付近の交差点の写真)。しかし、それが失われた今、持田さんの写真は資料的価値の高い、貴重なものとなっています。(昭和37年6月本郷菊坂付近、民家とその周辺で遊ぶ子供たちの写真)

【持田昇さん】「東京いつか見た街角」(撮影:持田昇 河出書房新社刊)

<「東京いつか見た街角」関連ページ>
寝言は寝て言うも~ん

(持田さん)これあのー、銀座8丁目の角にあった”ショウボート”と、いう・・・。
(ちいさん)こんなに銀座の角って素敵だったんですか?昔。

路面が雨に濡れているせいか、そのお店の建物が、夜の海に浮かぶ豪華客船のような写真になっています。(昭和26年7月銀座8丁目、夜のショウボートの写真)


お酒の大型専門店 河内屋//ギフトオンリーワン

(ちいさん)こんな、なんか水の都みたいな、きれーな。
(持田さん)いやいや、それでね、雨の日の夜通ったんですよ。
(ちいさん)ええ、ええ。
(持田さん)そうしたら、路面が濡れてて、あ、ここが水みたいに見えるから、
(ちいさん)これ、路面ですか?これ。
(持田さん)路面で、濡れてるから光ってる。
(ちいさん)はー。
(持田さん)キャバレーの名前が”ショウボート”ですから、これが光れば水の上に浮かんでるボートに見えるんじゃないかと思った。
(ちいさん)はーー。これはちょっと感動しますね。

街が見せるさりげない表情。それが最高の被写体。
(昭和36年7月元麻布付近の写真)特別なものではなく当たり前に目にする風景。(昭和38年7月東向島付近、主婦が何かを運んでいる写真。後ろのよろずやさんが懐かしいです。)そんな街角の日常を60年に渡って記録し続けてきました。(昭和31年5月築地、あさり売り?が天秤棒で担いでいる姿が映っています。)


浮世絵のアダチ版画

(ちいさん)当時カメラというのはまー、ほんとに、少なかったと思うんですよ。
(持田さん)あのねー、他の物価に比べると高かったと思います。
(ちいさん)んー、で、それがどうしてー。。。
(持田さん)んー、あのねー、もー、たまたまうちへ出入りされてた方が、ベビーミノルタという簡単なおもちゃみたいなカメラをわたしにくれたんですよ。それで撮りましたらば、写ったわけですねー。

昭和23年頃のベビーミノルタで撮った女性の白黒写真が紹介されていました。

<ベビーミノルタ関連ページ>
カメラナビ//TOP

(持田さん)
何にも知らないのに、向こうの風景が何でこんなにちっちゃな箱に入っちゃうのっていう、こら写真って面白いと思って。

初めてカメラを手にした時から、その魅力に取り付かれてしまいます。しかし、当時カメラは高級品。それでも手に入れて撮影に没頭するのには、こんな理由もあったのです。

【セミ・レオタックス(昭和15年発売)】
持田さんが最初に買ったカメラ。12歳~20歳までの8年間使用されたそうです。
<セミ・レオタックス関連ページ>
あっクラカメだぁ//TOP


森山農園&カメラ

(持田さん)3歳から非常に小児ぜんそくで、1年のうち7、8ヶ月も発作に苦しんで寝てたんですよ。だから、うちにいるのがいやでしょうがなかったの。だから少しでも良くなると、これ持って何となく表ぶらぶら歩いてて、だ、俺が寝ているうちに、東京駅に八重洲口こんなんなっちゃったと思うと、
(ちいさん)撮って、
(持田さん)う~ん。
(ちいさん)街の風景がやっぱり面白かったんですか?
(持田さん)何しろ五十何年前だからそういう風にお聞きになられても、何で撮ったって言われても、あんまり理由ないんですけどね。
(ちいさん)でも、被写体としてねこがいいとか、
(持田さん)そう、要するに自分のうちの周りが、八重洲口だからなんですよ。

体が弱くでかける機会が少なかったという持田さん(昭和28年3月八重洲1丁目、八重洲界隈の写真ですが、まだ、ビルもほとんどなく、民家が写っています。)。それだけにめまぐるしく変わる生まれ育った街の風景は、その都度、新鮮に映ったのかもしれません。(昭和28年2月八重洲口北口、空が広いのが印象的な八重洲口、低層の建物ばかりです。)

<昔の東京八重洲口関連ページ>
三幸エステート

(ちいさん)東京がこんなにのんびりしていた様子っていうのが、持田さんの写真があるのか、どーしてだと思われます?

昭和38年7月三ノ輪2丁目、板塀の民家に屋台のリアカーが写っています。


セミプロDIY店 ファースト

(持田さん)いわゆるプロの写真家だと、テーマを絞って決めて撮るから、別にわたしそういう気はないから、目についたもの・・・。

昭和29年6月銀座7丁目、この写真、やはり低層の建築物しか見えません。着物を着た人もかなりいます。

(ちいさん)それがだから何か持田さんの、
(持田さん)うん。
(ちいさん)テーマを決めない感覚がね、せわしなくないっていうか、理想がないっていうか、こう写真の中にいくつか現れているみたいですけど。のんびりしたこの空気が漂ってる感じ。

街の何気ない風景を何気なく撮影し続けてきた持田さん。最近、意識して始めたことがあるそうです。

(持田さん)我々のようなおじさん、おばさんばっかりが、懐かしい懐かしいって言ってても、若い人がこれどこ?じゃねー、始まらないと思うんですよー。
(ちいさん)ふはは!ま、確かにそうですね。
(持田さん)だから、街はこの様に変化したっていうところをちょっと知ってもらいたいと思って、

「昭和の風景を求めて 東京の風景 今と昔」

様変わりした風景の中に残るわずかな手掛かり。それを頼りにかつて撮影した場所を訪ねては、現在の風景をカメラに収め始めたという、持田さん。大きなテーマを持たず、何気ない日常を切り取ってきたこれまでの撮影。そんな持田さんが始めて意識したテーマが、長い時の流れが作りあげた街が見せる表情の変化。街角の記憶は歴史を語る記憶へとなりました。

ここでは、昭和28年2月東京駅八重洲中央口前の写真、都電が走っていますが、どことなく田舎の駅のようにも見えてしまう八重洲口です。現在はたくさんのビルが建って、比べてみても、昔の面影はほとんどありません。

(ちいさん)これは銀座の写真ですね。
(持田さん)銀座4丁目の交差点。
(ちいさん)4丁目の交差点の当時の。はー、昭和26年の街に走ってる車、素敵な。。。
(持田さん)ほとんど外車ですよ。
(ちいさん)外車ですねー。

ここでは、昭和26年1月銀座4丁目の交差点の写真、車の数は多いですが、フェンダーミラーの車ばかりと思いきやドアミラーの車もあります。外車が多いせいでしょうか?都電のケーブルも印象的な写真です。この写真には三越のビルが写っていて、これは現在の写真でもビルの外観は変わりましたが、同じ場所に三越があり、和光は建物も当時といっしょです。

<現在の銀座4丁目関連ページ>
きまぐれオヤジの写真帖
<昔の銀座4丁目関連ページ>
三幸エステート


ストラップヤ

(持田さん)で、これは三越です。
(ちいさん)三越ですか?これがねー。これがそうですね。
(持田さん)で、ここが和光なんです。
(ちいさん)はーはーはー!
(持田さん)ですから、4丁目の交差点から京橋の方へ向かって、撮った写真・・・。
(ちいさん)はー、これ次は。
(持田さん)これ、数寄屋橋です。
(ちいさん)数寄屋橋ですかー。
(持田さん)これは朝日新聞です。
(ちいさん)あー、そうですねー、これが朝日新聞ですねー、交番がこれある、これも交番ですね。
(持田さん)交番の場所は現在も全く同じです。
(ちいさん)同じですね。走ってる車大分違うけど。
(持田さん)ええ。

ここでは、昭和31年6月数寄屋橋交差点、左側の方には朝日新聞の社屋があります。現在の写真では、朝日新聞は建物は近代的なりっぱな建物になりましたが、場所は同じです。

<昔の数寄屋橋交差点関連ページ>
三幸エステート//TOP
<現在の数寄屋橋交差点関連ページ>
素材屋 足成//TOP
<数寄屋橋交差点 交番関連ページ>
まちあわせスポット//TOP


ルイーズガレージ//クロスガレージ

(持田さん)ですから、今を撮るときも、この(古い)写真を持って行ってなるべくこの雰囲気に近いようなってんで、ここに、一時間も一時間半も立ってこう、見てて、そいでこの車だいたい同じぐらいのところに来てますでしょ?
(ちいさん)ほー、来てますねー。
(持田さん)ええ!で、向こうへ行って車もありますよねー、これまー、そういうチャンスを狙ってシャッター切ってるんですよ。
(ちいさん)はー、じゃ、そういう写真をベースに、昔の景色がこういうことだけど、その何十年後か、今ここだっていうのを押さえるわけですね。
(持田さん)だから、ただその場へ行って、急にパッと撮ってる、
(ちいさん)んではない。
(持田さん)ええ。

たしかに、どちらの写真にも同じようなところに複数の車が写っていますから同じシチュエーションになるまでに、相当、待って撮影されているということが分かります。

(ちいさん)大変だなー、なんか目的がないようですごい目的が。。。

かつての風景と変化がわかりやすいようにと、細かな構図にもこだわっているといいます。今はなくなってしまった路面電車が横切る八重洲口の風景。その代わりにとバスが来るのを待って、撮影した一枚。

ここでは、昭和30年6月東京駅八重洲北口、都電がでーんと写真の真ん中を走っています。比較的高層のビルはすでにあるのですが、横断歩道もない道路を横断する人もいて、長閑な時代を感じさせてくれます。一方、現在の写真では、その高層ビルはほとんど変わっていません。都電がなくなり、道路を縦横無尽に横断する人もいなくなるくらいの車の多さはありますが、基本は変化ありません。この写真では都電と都営バスを同じアングルにして撮影しているそうです。


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しかし、それができない場所もあります。

ここでは、昭和31年5月数寄屋橋公園付近、建物が壊されかけていて、その前には川が流れています。

こちらは、現在、宝くじ売り場で有名な西銀座デパートチャンスセンター、かつて流れていた川の面影はどこにも見当たりません。

<西銀座デパートチャンスセンター関連ページ>
東京考察//TOP


天然石本舗

変り行く東京の風景。二人は、それを象徴する場所へと、向かいました。

(ちいさん)この辺りですね。
(持田さん)ええ、そうなんです。これ”にしがしばし”と言いましてね、ちょうど私は、この辺でしょうかねー。

<にしがしばし関連ページ>
鉄と工業と音楽 6.2

持田さん、橋の真ん中辺りで立ち止まりました。

(持田さん)この辺から向こうを、で、それがこのー、

持田さん、かつて同じアングルで撮影した時の写真を持ってきていました。

この写真は、昭和25年3月日本橋、高速道路がありませんので、空が大きくあって開放感があります。

(ちいさん)変わらずあるのは、この橋は同じですね。
(持田さん)橋は全くの同じです。
(ちいさん)あー、この上に高速道路が、できちゃったわけですね。
(持田さん)それはねー、東京オリンピックが昭和39年ですから、それに間に合わせるように、どうしても必要だったんですね。
(ちいさん)あーー、必要なのは分かるんですが、何かこう、こういう風に見ると確かに不思議な景色ですね。これは。あのーこの上(昔)の写真の方が、多分、すっきりしてますよねー。


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街角の日常をカメラに収めてきた持田さんにとって、昭和の風景とは?

(持田さん)要するに、都電のスピードで何か物事が間に合う時代じゃないでしょうか?都電のいい点は外の風景を眺めながら行ったり、降りたところで道に迷わない。
(ちいさん)あーー、地下鉄は上がってくると、
(持田さん)ところが地下鉄だとー、その一番激しいのが大手町で、周りが高層ビルですから、見回して自分の現在位置がどこか、
(ちいさん)わからない。そうですよねー。その点、昔の都電は、どっちが六本木でどっちが新橋か、すぐ分かったみたいな。そういう多分、都電のスピードに似合う街だったんじゃーないでしょうか?この昔の写真集は。

今とりもゆったりと流れていた街角の時間。何気ない風景に写されていたのは、そんな時代に置き忘れてきた、急ぐ必要のないありふれた日常だったのかもしれません。

<ありし日の都電関連ページ>
九段小学校同窓会とちょっと昔の都電//TOP

「何か都市のこう景観とか、そういうのは長いスパンで、物を見るようなことがもう少しできないのかなーと。100年、200年というサイクルでー、ものを見たときに、けして無理なこう、構造にはなってこないんではないかと思うことがあったんですが、持田さんの写真を見ながら懐かしい東京を思い浮かべながら、この景色を見る時に、ふっとそんなことを思った今日の散歩でした。」

古いアルバムに残る一枚の写真を手に、あなたも昭和の風景を探しにでかけませんか?


Crush*Berry*web-shop

<写真家 持田晃さん 関連ページ>
ぶらり途中下車の旅

注)赤字部分は、持田昇さんのとった写真で、番組で紹介されていたものの説明です。


CD&DVD NEOWING

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2007/12/23(日) 03:55:54 | 一語で検索
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