テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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2007年後半目次

「今日のテーマは後ろに見える勝鬨橋です。これは、真ん中から、こう開いたそうですよねー。昭和45年ぐらいまでは開いたそうですが、私は一度もこれが開いてる姿というのを見たことがないんですが、そんな勝鬨橋を通じた昭和を見てみたいと思います。」

<勝鬨橋全景関連ページ>
ウィキペディア//元ページ


ハピネット・オンライン//天使のやすらぎ

「昭和の風景を求めて 開かずの跳ね橋・勝鬨橋」

昭和45年11月29日。跳ね橋としての役目を終えた勝鬨橋。道路が壁のようにせり上がる姿は、技術立国としての誇りでもあり、その終焉は造船大国から自動車大国へと姿を変えた、昭和の日本を象徴する光景でもありました。そこで今日は跳開橋、勝鬨橋の初めてを訪ねます。


VIP ROOM//ハピネット・オンライン

月島と築地を結ぶ、隅田川の最下流にかかる勝鬨橋。

「ここの辺が多分、中央の開閉部になるんじゃないでしょうか?」

ちいさん勝鬨橋の真ん中辺りまでやってきました。

「あ、ここに隙間が、こうありますねー、これが多分、上がるところなんでしょうねー。

橋の上の道路の両側にあるコンクリ製の柵が、少し途切れて、下の川が見える場所がありました。ここが、開閉部のようです。

「何で橋を開ける必要があったのか。その辺をちょっと今日は、尋ねてみることにします。」

葛飾慕情
勝鬨橋1
勝鬨橋2
勝鬨橋3

ちいさん、さらに橋の向こう側へと歩き出しました。

日本大学
理工学部で土木史の教鞭を執る伊藤さん。18年前に発足した跳ね橋の勇姿をもう一度見ようという、勝鬨橋をあげる会の代表を務めています。

伊藤孝教授(63歳):「勝鬨橋をあげる会」代表、日本大学理工学部教授。
勝鬨橋をあげる会:勝鬨橋の動態保存を目的として、橋に思い入れのある人達が、集まっててきた会。

案内されたのは、橋のたもとにある”かちどき 橋の資料館(開館日:火・木・金・土曜日)”。ここはかつて橋を開閉するための変電所だった場所。当時使われていた設備が今もそのまま保存されています。東洋一とうたわれた跳ね橋誕生の歴史は、昭和の初期に遡ります。

<勝鬨橋の1/100の模型関連ページ>
花どきどき夜景//Hatena Photolife

勝鬨橋の1/100の模型の前で、伊藤さんにお話をしていただくことに。

(伊藤さん)これ(勝鬨橋)で、月島の方で、
昔、ちょうど紀元2600年、昭和15年の時に、東京オリンピックと万国博覧会の会場だったんですよ。で、それに合わせて橋ができたんです。

ここで番組では、当時の朝日新聞社のニュース映像が流れました。

日本万国博覧会準備着々進む(東京)

皇紀2600年を奉祝記念して、昭和15年、華々しく開かる。日本万国博覧会の準備は着々進行・・・。


日本の力を世界に誇示しようと、東京で開催が予定されたオリンピックと万国博覧会。万博会場だった月島を結ぶ勝鬨橋は、日本の技術力の象徴である必要がありました。戦争の激化により万博は中止されたものの、東洋一の可動橋勝鬨橋は完成し、その役目を担って行きます。(工事期間は昭和8年~15年 工事費は418万円 日本人が設計を行い材料も国産のものを使用しました。)

(ちいさん)相当のお金かかってると思うんですよ。ただ、橋作るためだけじゃなくて。
(伊藤さん)ああ、橋だけじゃなくて。
(ちいさん)橋だけじゃなくて、こう、開閉式にするという。何で、この必要がこれだけにあったんですか?
(伊藤さん)この、後ろに写真ありますけどね、ちょうど赤いビルありますよねー、あの辺あたりに東海汽船の船着場があったんですよ。あと、それから、佃の辺り、あの辺に実は造船所がありまして、完成した船がこうやって、通ってくる。ですから、一番下(下流)の橋だけがこうやって開いた。

陸運よりも水運が中心だった当時。隅田川も重要な輸送ルートの一つでした。こと、港への出入り口でもあった月島・築地界隈には、大型船舶の航行を妨げない橋が必要だったのです。(物資を運ぶ船が海同然に航行していた隅田川。当時は高々と帆を張る船も多く、勝鬨橋が航行の妨げになってはいけないということで、跳ね上げ式にしました。)

(ちいさん)あ、開きましたね。
(伊藤さん)ええ。

ちいさんと伊藤さんの前の模型の勝鬨橋が跳ね上がりました。

(ちいさん)開き出したら何分ぐらい開いてるものだったんですか?
(伊藤さん)だいたい、これー、開けるのに、70度まで開いたんですけどね。75秒ないし70秒でこう開く、1分ちょっとで、
(ちいさん)1分ちょっとで、開いてしまう。

橋は70度の高さまで跳ね上がり、開閉に要する時間は70秒~75秒だったそうです。

(伊藤さん)それでまた、閉じるわけですけど、
(ちいさん)閉じんのもそのくらいで。
(伊藤さん)はい。その間、今度は船が通ったりしますから、だいたい一度開けますと20分間くらい、ズーット開けっ放し。
(ちいさん)20分ぐらい開けてる。僕は一度も、これ、開いたところというのは、開く瞬間とか開いたとこっていうのは見たことないんですが、
(伊藤さん)ええ。
(ちいさん)見た瞬間はあるんですか?
(伊藤さん)僕は、遠くから浜離宮から見たことはあるんですよ。遠くの方で、こうやって、なんか開いてんですよ。
(ちいさん)はー、シルエット状態みたいに見えた。
(伊藤さん)そーですねー。

戦前は一日、五回開閉。昭和22年からは一日三回、昭和36年からは、一日一回になりました。

(ちいさん)この重量感のあるものが、ぐあーって上がる姿ってのは、壮観でしょうねー。

技術の粋を集めて作られた勝鬨橋。橋が上がり壁のようにそそり立つその姿は、今も多くの人の記憶に残っています。

<勝鬨橋 橋の資料館関連ページ>
社会見学とイベント情報ナビ//TOP
↑のページで、”もどる””つぎへ”で、写真をめくることができます。

ちいさん今度は、外へ出てお話を聞かせていただくことにしました。

(潘柱華さん、63歳)私どもは、まだ、小学生の頃でしたから、けっこう、そのー学校がちょっと、離れてたんで、そのー学校の友達なんかをさそって、うちの近所に、開く橋があるよっ、と、いうことで、ちょっと見に行こうよっていうんで、友達誘って、良く来てたんです。
(ちいさん)開いた時ってのはどんな感じだったんですか?
(潘さん)それは!
(ちいさん)道が開くわけでしょ。今で言えば。
(潘さん)そうです。そうです。。。都電が走ってましたね。まだ。
(ちいさん)そうですね。

都電が開通したのは、昭和22年。昭和43年まで運行されていました。

(潘さん)都電も全部止まっちゃうわけです。
(ちいさん)ええ。
(潘さん)それで開き始めますとねー、砂が当然たまってますよねー。
(ちいさん)道の上に。はい!
(潘さん)これがズザズズズズーって落こってくるんですよ。
(ちいさん)ほー。
(潘さん)一辺に滑り落ちてくるっていうんですか。そんな感じで。子供ですからねー、でっかいと思うわけですよ。今でもまー、そこそこ大きいですけどね。
(ちいさん)止まってるときには、こっちにいる、都電も車もなにも、全部ストップ。
(潘さん)全部ストップですね。

巨大な橋が開閉する姿は驚きでもあり、誇りでもありました。今もその内部には、当時使われていた機械が残されています。

<勝鬨橋橋脚内関連ページ>
やまひでさんの旅行記
川崎てくてくブログ
東京水辺イベント情報局//TOP


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さて、再び、伊藤先生にお話をうかがうのですが、ちいさん、ヘルメットを被って、はしごを降りて行きます。

(ちいさん)やー、今、これ、降りてきました。ほー、すごいとこですねー。


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はしごを降りて、さらに回り階段を、下へと降りて行きます。

(ちいさん)勝鬨橋の下ですよ下。
(伊藤さん)こういう昔は、手すりなかったんですよ。
(ちいさん)あーー、そうですか。
(伊藤さん)はい。だから、もうちょっと、広くて降り易かったんで、これだとね。こんどね。はい。

下まで降りると、広い空間がありました。

(ちいさん)やー、これは、すごいもん見せてもらったなー。

テニスコート一面ほどある、巨大な空間。ここが、勝鬨橋を上げるための心臓部。今も漂う機械油の臭い。そして、動き出しそうな巨大な歯車。それでも、三十数年間放置された設備の劣化は著しく、再稼動のためには、相当の経費がかかるといいます。

(伊藤さん)ここを見ると分かりますよねー。こういう形。ほら!
(ちいさん)わーーあーーあーー!なるほど。この大きな歯車が。
(伊藤さん)それで、そこのちっちゃい歯車とかみ合って、
(ちいさん)。。。これを動力で動かすことによって、この大きな歯車が、こう動いて、橋が開く。かなり大きくてすごいけど、先生こうやってみると、簡単なもんだねー。
(伊藤さん)原理的には簡単。そうです。
(ちいさん)俺でもわかるような。
(伊藤さん)いえいえ、やじろうべえですから。
(ちいさん)やじろうべえですねー。

<勝鬨橋開閉の仕組み>
技術の粋を結集した勝鬨橋も、仕組み自体はいたってシンプル。橋脚内部にある小さな歯車が、モーターからの動力で回転。道路部分につながる大きな歯車を動かし、カウンターウェイトと呼ばれる重りで、バランスをとりながら、巨大な橋を開閉させるという仕組み。
<勝鬨橋開閉の仕組み関連ページ>
日本クレーン協会//TOP


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(ちいさん)しかし、昭和の初期に、こういうものを設計して、僕らの大先輩たちがこういう貴重なことを考えながら造ってね、世界にも誇るこういう開閉式の、橋を、こういう、造ったってのはすごいことなんだろうなー。
(伊藤さん)そうですね。日本としては、誇るべきものだと。

全てを純日本製にこだわり、世界に誇る橋を架けようと作られた勝鬨橋。その姿は名前どおり、日本の技術が勝どきをあげた瞬間だったのかもしれません。

二人は、隅田川の川べりに出てきました。

(ちいさん)上げてみようって、何っていう会なんですか?
(伊藤さん)勝鬨橋を上げる会です。
(ちいさん)で、これはたいたい、どういう会なんですか?
(伊藤さん)まー、例えば、学術的なことから言うとー、これ、あのー動態保存っていう、動いたままで保存するってことで、動態保存ってことがありますねー。それから、あとは、こう、上げることによって、また、下町の活性化を図ろうとか、ま、そう言った理由はつけてますが、
(ちいさん)そうですねー、それと、どうしても僕なんかは、それぞれその時代その時代を、こう通ったり、こう通過したり、ここで仕事に来たりとかって、いろんな人の思いがあって、もう一度この勇壮をというのかなー、その姿を見てみたいってのは、今も思いますもんねー。もし、それが真ん中から開くとなったら、この辺、すごーい人が押し寄せて、
(伊藤さん)ですよねー。
(ちいさん)でしょうねー。先生が一番開けてみたいっていう、一番の原動力は何なんですか?
(伊藤さん)いやー、僕はそれはやっぱり、先ほど、上がったらすごいだろうなーっていうのが、
(ちいさん)そんな単純な理由ですか?僕と同じような。
(伊藤さん)そうです。はい。
(ちいさん)はっきり、一度でいいから、開けて見てみたいっていう思いが。
(伊藤さん)それが一番強いです。

昭和45年11月29日。勝鬨橋が開いた最後の日。その勇姿を記憶に留めようと多くの人が見守る中、その役目を終えました。輸送の要は船からトラックへ。物流が海運から陸運へと移り行く時代のことでした。それでも勝鬨橋が天に向かって上がる姿は今も記憶に残っています。また、いつか開く日を夢見て。

「東京というこの変わりつつある、すごい街ですが、そこに古いものを、点々と大事に残すことによって、その都会の中の懐の深さとか、歴史というようなものを全部包み込むような、いい街になって欲しいというような話がありましたけれども、僕も全くそう思います。この勝鬨橋がいつの日かまた、真ん中がグーっと開いて、開いたところを、下に船が通るという姿を、もう一度見てみたいというか、僕は一回も見たことないですが、一度見てみたいものだと思います。そんな今日は、昭和さんぽでした。」

時代が求めて生まれ、時代の変化に消えて行った昭和の風景、それは今も記憶の中に。

<勝鬨橋夜景関連ページ>
東京湾の夜景//TOP
<勝鬨橋重文指定関連ページ>
勝鬨橋をあげる会//TOP


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