テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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2007年後半目次

ちいさん、分倍河原駅前にやってきました。

「今日のテーマは、針金細工職人。すぐピンと来る方もいらっしゃると思いますが、そういえばお祭りや縁日などのこの神社の境内などで、ペンチ一つで針金をきれーにあやつって、こう、なんかいろんなものを作ってくれた職人さんのことを覚えてますよねー。ええ!今日はその方を訪ねて昭和を見てみたいと思います。」

<分倍河原駅関連ページ>
ウィキペディア

「昭和の風景を求めて 針金細工職人」

お祭りの夜、誰もが胸躍らせた縁日。香ばしいソースの香りに屋台ならではの遊び。見るものすべてに心奪われたものでした。そんな縁日でひときわ目を引いた針金細工。何でもあに針金が、目の前でおもちゃに変わって行く不思議な光景。時間を忘れ職人さんの手先を眺めていたものです。今日はそんな針金細工の職人さんを訪ねます。

ちいさんが向かったのは府中にある博物館(府中市郷土の森博物館)。


京のおばんざい 祇園藤村屋//厨房卸問屋 名調


「昭和の歴史を求めて 歴史的建築物」

いやー緑が多いきれーなところですねー。

かつて府中の街にあった建築物が復元され、広大な敷地の中に保存されているという府中市郷土の森博物館。くさ葺屋根の農家(旧河内家住宅:江戸時代後期)から、昔ながらの町屋(旧島田家住宅・島田薬舗:明治時代)まで。懐かしい風景が点在するこの場所に、針金細工の職人さんがいるというので、やってきたちいさん。

その前に母校の面影を残す小学校(旧府中尋常高等小学校舎:昭和10年)の建物を見つけたので、ちょっと、寄り道。
(府中市郷土の森博物館は、凡そ14ヘクタールにも及ぶ広大な敷地に、江戸後期~昭和初期の復元建築物が点在していて、毎年2月上旬~3月中旬まで「梅祭り」が行われます。)

ちいさん、昔懐かしい小学校の建物の中へ。そして、帽子をとって、当時の教室へ。

「ねー、この手作りの机、いいねー、懐かしいよねー。」

ほとんどが二人用の木の机になっていて、順番に並んでいます。子供用ですから、いすの高さも低くできています。一番前には、大きな黒板とオルガンの用なものが見え、天井からは傘のついた電球がぶらさがっていました。


「こういうのをなんか、こうとっといとくれて、たまにこう訪ねてくると、自分の子供時代に誰でも帰れるんじゃないかねー。」

テレビなコラムの管理人は思い出したのですが、小学生のころ、学校の物置みたいなところに、木でできた昔の低学年用のいすが放置してあって、そこにすわったりしてみんなで遊んでいたのですが、その木のいすは当然、釘をうちつけて作ってあったので、ズボンのおしりが引っかかって切れてしまったのを思い出しました。

「ほんとにこんな、感じでしたよね!」

ちいさん、校舎から出てきました。

「いやー、ちょっと、懐かしい風景でこう、感傷に浸ってると、ちょっと・・・。」

<TOP関連ページ>
ウィキペディア
(本館・外観・旧河内家住宅・旧府中尋常高等小学校舎)
府中文化NET(旧島田家住宅)
<府中市郷土の森博物館関連ページ>
あるきメデス


YOSHIMURA//気分転館//紙の百貨店 因州屋

さて、ちいさんの行く手には、露天のような感じのお店が並んでいます。

「昭和の風景を求めて 針金細工職人」

「あ!なんか懐かしい縁日の時に出てたような・・・。」

こちらのお店、出店は不定期だそうです。

「飴細工・べっこう飴・針金細工と、いろいろあるようですが。」

今では日本に数人しかいなくなってしまったという針金細工職人。この道51年以上という小島正治(75歳)さんは、20歳の時に針金細工師に手ほどきを受け、日本全国の縁日を渡り歩きながら、その腕を磨いて行ったという昭和の職人。お客さんの目の前で一本の針金をおもちゃに変える(針金てっぽう・三輪車)。その技は縁日の定番でもありました。

(ちいさん)これは僕は見たことがありますし、うまいなーっと、子供の頃に、大人の人が何であんなに器用に針金一つで形にしちゃうのかなーっていうのは・・・。
(小島さん)これを作ってる人に、針金作ってる人に聞いたらばー、明治三十七、八年頃はね、この針金が普及し始めたらしい。で、輪ゴムが普及し始めたのが、大正の始め。だから、大正のねー、始めごろからこれ作り始めた。

使うのは3種類のペンチと針金だけ。一本の線のような針金を、折っては曲げ時には切りながら形を作り上げて行きます。設計図もなければ、お手本もない針金細工職人の世界。熟練の勘と手に染込んだ感覚だけで、ものの5分もしないうちに、一本の線が立体的なおもちゃに。その早技に大人も子供も、釘付けになったものでした。

(ちいさん)一つ一つ、こうやって針金を引っ掛けたり、伸ばしたりしながら、ね!作ってる手作りの良さっていうのがあるじゃないですか!針金を一本の針金からこうやって形にして行くこと。それを子供が見た時にどういう風に映るかだよ。
(小島さん)それを言われるとねー、思い出したからねー、こうやって旅歩いてるでしょ?お祭りやなんかない日は、例えば公園だとか小学校の前にやっちゃったりなんかするでしょ?ま、二、三日、そこでやっちゃうわけ。そうするとねー、二日目ぐらいに、子供がねー、五円玉、二つ持ってきて、その後、俺のとこに買いにくるわけ。昨日の5円のお小遣いと、今日の5円のお小遣いを足して、10円のを買いに来る。
(ちいさん)買えないもんねー。
(小島さん)ポッとお金を渡された時に、5円玉二つから湯気がポッと出るよ!
(ちいさん)あーー、ずっーと、握り締めてて、いい話だよなー。そうですよねー。
(小島さん)そういうのは、返って俺なんかはねー、ほめられるよりうれしい!
(ちいさん)そらそーだよねー。

欲しくてたまらない、でも、お小遣いは限られている。そんな悩める時間も今となっては縁日の思い出。

(小島さん)これで出来上がり。

一本の針金が5分ほどで鉄砲になりました。

(ちいさん)やーやー!
(小島さん)ちょっと、やってみて。

その針金てっぽうに輪ゴムを装填して、ちいさんに、おもちゃの鉄砲が手渡されます。

(ちいさん)はい!出来上がりました(針金てっぽう、300円)。

ちいさん、ちょっと、得意げです。

(ちいさん)行くよ!
(小島さん)ちょっと、下目狙った方がいい。


( ̄◇ ̄) σパチ

輪ゴムが勢い良く飛び出しました。

(ちいさん)いや、いいよね、手作りのこの、良さの温もりがほら!あってさー、
(小島さん)こっちにね、エルメスの袋に入れてやってね。

小島さんは、エルメスという名前の普通のビニール袋に針金てっぽうを入れてくれました(エルメスは冗談です)。

(ちいさん)こういうのが縁日の楽しさだよな。
(小島さん)そうそうそうそう!
(ちいさん)エルメスの袋。
(小島さん)ビトンもあるし。

ちいさん、針金てっぽうをゲットです。

<小島正治さん関連ページ>
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「昭和の風景を求めて 細工職人の技」

実は、小島さんご家族も縁日には欠かせない職人さん揃い。昔懐かしいべっこう飴の屋台を切り盛りするのは、奥様(べっこう飴細工職人:小島登美さん、67歳。そして、娘さんは飴細工の職人。一家で伝統の技を守り続けているのです。

(登美さん)結婚するちょっと前に、針金って見たんですけど、ちょっとも興味なかったの。
(ちいさん)で、どうして、これを今おやりになろうと?ご主人が?
(登美さん)あのー、故意にやらされて。

登美さんがこの仕事を始めたのは16年前。51歳のときにべっこう飴細工職人の道にすすみました。引退するべっこう飴職人の跡継ぎになって欲しいと、小島さんに説得されたのがきっかけでした。全く感心がなかったという登美さんでしたが、お客さんの目の前で絵を描く楽しさと、けっしてやり直しのきかない緊張感に夢中となり、練習を重ねたそうです。そして、今では10年以上のこの道の職人さんに。

べっこう飴作りは、煮詰めた水あめを鉄板に落として、一気に描き上げます。今日は、登美さんに、宝船(300円)を実演して作っていただきました。

(ちいさん)お客さんと接するって、楽しいこともあるでしょ。
(登美さん)いろいろ。良くしてくれるから。あの、楽しいから。

<小島登美さん関連ページ>
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京の飴工房//京都発E_xtu品一会本舗

飴細工職人となった次女の正美(小島正美さん、41歳)さん。そのきっかけもまた、お父さんでした。

(小島さん)練習していじくってたら、そこへ娘がひょこっと帰ってきたの。そいで、こうやって、ちょっと、いじくったらねー、俺よりうまい!
(ちいさん)そーだろねー、きっと。
(小島さん)俺よりうめーんだもん!しゃくに障るけど、お前やるか?って言ったら、うん!って言うから。他のね、今出てる飴細工を何人かよりうまくならなかったら、おらー出さないよって、1年間出さなかったんだ。

そこで、正美さんに、ちいさん、お願いをしてみました。

(ちいさん)僕が言ったものを作ってもらえちゃう?ふくろう!

正美さん作りはじめました。飴をこねて伸ばしてはさみを入れて形を整えて行きます。

針金細工の他に飴細工の技も習得しようとしていたお父さん。その姿を見ているうちに、気づけば自分がその道に。命を吹き込まれたように姿を変えて行く飴。子供たちが目を輝かせる職人技の修行は、今もまだ続いています。

(正美さん)こんな感じですが。
(ちいさん)何でふくろうが、僕がふくろうって言ったのすぐ、こうやってできんの?
(正美さん)そうですね。。。基本を教わって、後は自分で考えたり、

正美さんは、30歳のときに飴細工師を志したそうです。

(ちいさん)それは、図鑑見たり、写真見たりしながら、自分で考えるわけ?
(正美さん)そうですね。あと、どうしてもわからない時はヒントをくださいってゆって。
(ちいさん)はー、お父さんやお母さんに。

この間、正美さんが犬(300円)を作っている姿が映像として流れていました。

手の温もり、そして、驚きを子供たちに伝えてきた縁日の職人たち。屋台から見つめた小島さんにとっての昭和とは?

(小島さん)いやさ、明治維新からの流れが変わって、それで、いわゆるどんどんどんどん、世の中が変わって、変わってきて、さーよくなるよっていう最初の我々の、いわゆる文明文化っていうさー、その最初の我々の体験者みたいなもんでしょう。だから、終戦直後でもって、結局、この商売やるようになってから、まー、いろんな人に出会ったからねー。まー俺の場合なんかねー、いわゆる東京都内だけではなくて、いろんなこう、地方なんか行ったりして、その時のふれあいっていうのは、ふぉって、あー、やっぱり、何か我々と同じ年代の人に、なんか良くされるとー、やっぱり、あ!明治・大正っていうのは、雰囲気だよなーって。

今度は正美さんにちいさん聞いてみました。

(ちいさん)どうですか?針金やってみたいとか思う?
(正美さん)・・・
(ちいさん)どっかで思ってんな!
(正美さん)。。。ダメって。
(ちいさん)ダメって。
(正美さん)ダメって言われて。

最後に、小島さんに言うちいさん。

(ちいさん)お父さん良かったねー。
(小島さん)あんまり良くねーや!

答える小島さんの顔には笑みがこぼれていました。

小島さんの連絡先:042-373-0571

職人の指先から現れるちいさな軌跡。驚きに満ちた子供たちの目。そして、笑顔は変わることはありません。

「なんか、人の温もりをこう、感じながら、時間がもっとゆったり流れていた時代の産物ではないかなーと、思いました。なんか、こう僕も含めて、あわただしく毎日毎日過ぎてる中でああいう、職人さんと出会って、そこでお話を聞きながら手作りの良さをこう感じながら、こう楽しみにして買ったこういうもの(針金てっぽう)が、とっても、今この時代にこそ、懐かしく感じるのかもしれませんねー。」

手作りの温もりに思い出す昭和の風景。懐かしいあの時代の驚きを探しに出かけてみませんか?

<小島正美さん関連ページ>
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京のおばんざい 祇園藤村屋//京都お菓子の部屋

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