テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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2007年後半目次

「今日のテーマは、へへへ!車です。」

ちいさん、うれしそうです。

<名車の動画関連ページ>
絶版・旧車名車動画倉庫

「昭和の風景を求めて 懐かしい昭和の名車」

昭和30年代、高度経済成長の真っ只中、その追い風を受けて飛躍的に大きくなった自動車産業。しかし、日本車と欧米のメーカーとの間には、まだ大きな技術力の差がありました。そんな時代に生まれた一台の自動車が日本中を歓喜の渦に巻き込む奇跡を起こしました。

それは、安かろう悪かろうと酷評されてきた日本製品が世界のトップブランドを抜き去った瞬間でもあったのです。その奇跡の生みの親、日本自動車産業伝説の男が語る昭和の自動車とは。

<昭和の自動車 ~1台の車が起こした奇跡~>

歴史を築いてきた名車たちに会うため、ちいさんが向かったのは、青海にある展示施設(メガウェブ ヒストリーガレージ)。

「うぁー、ぁーぁー!」

ちいさん、言葉にならないような雄たけびをあげています。

「へへへ、あるもんだね。こういうのが!」

ちいさんの目の前にあるのは、白のTOYOTA2000GT 昭和42年式(輸出仕様)です。

「いやーハハハハハ!」

今度は別の車の前にやってきたちいさん。

「昔、俺これ乗ったことあるんだよー。すげーよ。この車も。すごい車乗ってたんだお!」

この車は、白のマツダ コスモスポーツ 昭和46年式です。

「なんかね、当時の車を、もうちょっと車高がこう、だいたい高かったんだけれど、この車に限っては妙に下でね、地面の下を這いずり回っているようなイメージがあったねー。これも画期的な車だよねー、きっと。」

ちいさん、コスモスポーツに乗ってみます。

「いいねー!」

インパネをみながら、楽しそうなちいさんです。

「今こう、乗ってみても、なんにも昔の車っていう風に思わせるようなものがない。例えばこのハンドルなんかだって、こういうスイッチ類だって、今の車とは大分違うけれども、世界の名車たちに負けじと追いつこうとこう意欲が、隅々にまで見えるような世界に羽ばたいて行く自動車業界を物語ってるよねー。」

今や年間生産台数世界一という自動車大国日本。しかし、その日本車が世界で評価されるようになったのは、昭和40年代も半ばに入ってからのことでした。(この間、日産フェアレディーZ432 昭和46年式が紹介されていました。)

高度経済成長の狼煙にと、国民車構想が発表された昭和30年。しかし、当時の日本の自動車産業は、欧米と比べ生産台数、そして、何より性能において大きな差がありました。
<昭和30年の乗用車生産台数>
アメリカ 約800万台
イギリス  約90万台
ドイツ   約76万台
フランス  約56万台
日本 約2万台

<TOPページ>
ウィキペディア(TOYOTA2000GT)
ウィキペディア(コスモスポーツ)
<日産フェアレディーZ432関連ページ>
空冷ポルシェ911、トヨタスポーツ800からカワザキマッハ、Z1まで、気がつけば空冷ファンに
<メガウェブ ヒストリーガレージ関連ページ>
メガウェブ ヒストリーガレージ
大阪人の東京旅アルバム//Let's Enjoy Tokyo


Jショッピング//キュリアス//ホビープラザ ビッグマン

こんな中、敢然と欧米の車に立ち向かった一人の技術者がいたのです。

「昭和の風景を求めて 世界を驚かせた名車」

(櫻井眞一郎さん)絶対あいつらには負けないっていうっていう、戦争では負けたけれども、技術じゃ負けないぞっていう・・・。

今尚、世界中で愛され続けている名車、スカイラインを作りあげた櫻井眞一郎さん。<エス・アンド・エス エンジニアリング社長櫻井眞一郎さん(78歳)>

日本自動車産業の立役者の一人でもある櫻井さんは、昭和27年、まだ日産自動車と合併する前のプリンス自動車で、そのキャリアをスタートさせました。以来技術者として華々しい足跡を残し、スカイラインの父として尊敬を集める人物です。(櫻井さんは、初代スカイラインの開発に携わり、2代目~7代目の開発責任者を務められました。)
<リンス自動車工業関連ページ>技術的に高い評価を得ていた自動車会社。昭和41年日産自動車と合併しました。
ウィキペディア

さて、ちいさんは、日産本社ギャラリーへやってきました。

(ちいさん)櫻井さんのことは、僕、車が好きで、良く雑誌や何かで拝見しましてねー。存じ上げているつもりですけれど、よろしくお願いします。

ちいさんの右手の方に黒塗りの車が置いてあります。(初代スカイライン(昭和32年発売開始):現在は歴代スカイラインは展示していません。)

(ちいさん)これはまだ、初代のスカイラインですけれども、プリンスというようなイメージがあったんですが。
(櫻井さん)そうです。

(櫻井さん)これは32年の4月に発売されまして。大変なことだったんですよ。

ちょうど半世紀前、東京日比谷の宝塚劇場。初代スカイラインはここで華々しくデビューを遂げました(本邦初となるショー形式で行われた初代スカイラインの発表会)。

これまでの日本車のイメージを変えるデザイン性、そして、国産車としては抜きん出た性能(1500cc・60馬力・最高時速125km/hを誇りアメリカ車の影響を受けたデザインも特徴的でした)。

多くの人々が一目見ようと、発表会にまで押し寄せたスカイライン誕生は、日本車新時代の幕開けでもあったのです。

(櫻井さん)スカイラインはどっちかっていうと、ほんとの走りを持ったアメリカにしようということで、2代目に移ったわけです。
(ちいさん)これが次ぎの、もう、この辺からわたしなんかはもう、身近にあるものとして。

二人は銀色の2代目スカイライン(昭和38年発売開始)のそばに寄って行きます。

(櫻井さん)2代目でして、この車は乗ったお客さんがどれだけ満足してくれるかってことで、この車で初めていろんな自動車にこういう足が動いたり。。。関節がありますよね。そんなかから、全部、グリスニップルっていうのを取っちゃったんです。<グリスニップル:部品の結合部分にグリスを注入するための部品。年に数回はそこからグリスを注入する必要がありました。>
(ちいさん)いわゆる人間の膝だって、グリス塗るわけじゃないのに、一生持ってるじゃないか!
(櫻井さん)そうなんですよ。
(ちいさん)一々グリス塗って油だらけにしなくても、部品と部品がこう、結合する部分を滑らかにすることができないか?という、その時からもう、櫻井さんはもう、参入なさってたんですか?
(櫻井さん)。。。それはね、会社の中でね、こんなね車なんか、世界中で出てるわけはないと、いうことでね、も、徹底的に叩かれたんです。
(ちいさん)ええ!
(櫻井さん)よーしきたと!俺はね、無給油(グリスなし)やってみせるぞ!と、いうことで。

櫻井さんは、3万キロまたは1年間のグリス注入を必要としないメンテナンスフリー(=定期的な整備不要)を実現しました。

(櫻井さん)自分で全部設計して、作りましてね。それでこれは無給油の自動車が、世界で初めてできたんです。
(ちいさん)じゃ!画期的な、世界にも誇れる画期的なことに挑戦なさった。

世界に誇れる車。挑戦できる車のはずだった2代目スカイライン。しかし、当時日本車への評判は芳しいものではありませんでした。性能面(スピードなど)では世界には到底及ばない、それが世間の常識でもありました。

(ちいさん)昭和30年代の頃の、外国への日本の車の評判はいかがでしたか?
(櫻井さん)だから、4輪車はもう、全然ダメなんですよ!日本のそういう技術っていうのはまだまだ。
(ちいさん)手工業っていう、的だったものを。
(櫻井さん)ハンドワークでね。
(ちいさん)それが何のきっかで、日本の車ありきって言われるどんなきっかけだったんでしょうね。
(櫻井さん)日本人の負けん気と、それから、物を作るっていうことに対しての執念は、やっぱりありましたねー、自動車業界。

その執念は昭和39年、このスカイラインが起こした奇跡によって、一つの答えを導き出しました。当時日本のモータースポーツの最高峰だった、日本グランプリ。その勝利の栄誉をかけ、スカイライン(スカイラインGT)を送りこんだ櫻井さん。1台の外国者の参戦に度肝を抜かれました。当時世界最高のレーシンガーと称されていたポルシェ904がサーキットに現れたのです。誰もがポルシェの圧勝を確信しました。
<ポルシェ904関連ページ>
絶版・旧車名車動画倉庫//TOP


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昭和39年5月3日 第2回 日本グランプリ

レースは始まりました。スタートから圧倒的なスピードでトップを快走するポルシェ904。興味はすでにどれくらいの差をつけて勝つかしかありませんでした。

(櫻井さん)絶対あいつらには負けないっていう、戦争では負けたけども、技術じゃ負けないそ!ってゆって、あの頃はね、負けた悔しさはみんな持ってるわけですよ。
(ちいさん)はい。はい!そりゃそうですよ。
(櫻井さん)あいつら、蹴散らしてくれる、というような。
(ちいさん)それはありますよ。

絶対に負けない!レース中盤の7周目、そんな思いが通じたのか軌跡が起きたのです。最終コーナーを立ち上がってきた車を見て、10万人の観衆は我が目を疑いました。スカイラインがポルシェの前を走っていたのです。レースの絶対的な本命である世界最高峰のスポーツカーを抑えて、日本車がトップに立った瞬間!観客は歓喜の声に包まれました。

(櫻井さん)鈴鹿の、エンコー(エンドコーナー)のスタンドがポルシェを抜いた時に、どよめきましたよ。
(ちいさん)そーでしょー!

二人とも、真剣な眼になって話しをしています。

(櫻井さん)あの頃はねー、日本の車が外国車を蹴散らしたっていうのには、すごい・・・。
(ちいさん)だから、それをね。今日のお伝えしたいんですよね。ほんとにそうだったと思うんですよ。
(櫻井さん)やっぱり、その時の騒ぎっていうのは、結局日本の車を作ったのは、あの観衆だって思いましたよ。
(ちいさん)あーーー。
(櫻井さん)あのね、全部が日本びいきですよ。田舎者の日本の自動車が、もう、ほんとにね、世界の。
(ちいさん)。。。感動しますよねー。やっぱり、一時といえども、日本の車で初めて、抜いた瞬間っていうのは。

この出来事は、日本自動車産業が世界へと躍進するキッカケとなった出来事とも言われています。

(櫻井さん)それでねー、負けたんですよ。大向こうが立ち上がってね。スカイライン良くやった!っていう声が聞こえるんですよー。
(ちいさん)あー、スカイライン、良くやったという声が。

世界を追い抜きたい。そんな思いでスカイラインと伴に、歩んだ櫻井さんにとっての昭和とは?

(櫻井さん)叩かれ叩かれしながら、毎年毎年が成長の年でした。追いつき追い越せ。で、その結果がどんどん目に見えてきて、なってくるとまた、挑戦したくなるんですよー。で、発表して満足ができた車ってないんですよー。発表したら、あれも積み残した、これも積み残したっていうのは、そういうなんていうのは、階段をこうやって上がって行く楽しさっていうかね、で、上がったことが実感があるんですよ。

「スカイラインに携わった櫻井さんにお話をうかがったんですが、最後に櫻井さんがおっしゃった言葉がすごく印象的でした。街で古いスカイラインに時々会うそうです。きれーにして乗ってらっしゃる方に会った時に、その運転している方にほんとにありがとうございますっていう気持ちはもちろんあるんだけども、それ以上に、そこに走っている車に、”お前、幸せにかわいがっててもらってよかったな!”って思うって、いつも頭を下げるそうです。その話にちょっと、ルルルっと来てしまいました。」

スカイラインが惜しくも破れた翌年、今度は純粋なレーシングカーR380を開発し、ポルシェに雪辱を果たした櫻井さん(第3回日本グランプリでポルシェに雪辱を果たし、1位と2位を獲得しました。)。その技術は後に誕生して行くスカイラインたちに受け継がれ、新たな時代を築いて行きました。世界に誇れる車を作ったのは、それを喜んでくれる人々の声。櫻井さんはそう話していました。世界がまだ遠かった時代に生まれた名車たち。これも、また、昭和の風景。

3代目スカイライン 昭和43年発売。
4代目スカイライン 昭和47年発売。
5代目スカイライン 昭和52年発売。
6代目スカイライン 昭和56年発売。
7代目スカイライン 昭和60年発売。

<スカイライン関連ページ>
スカイライン50年の軌跡//スカイラインWEBカタログ
プリンスの記録//TOP
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<桜井眞一郎さん関連ページ>
ウィキペディア


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