テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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「今日のテーマはデパートの大食堂です。はい!」

「昭和の風景を求めて デパートの大食堂」

デパートの大食堂を訪ねてやってきたのは、創業1673年の老舗、日本橋三越(本店)。ちいさんがいるのは、化粧品などの女性用の商品が並べてある階です。

「僕あんまりデパートって来ないんですよー。恥ずかしいのと、増して女性物のコーナーっていうと、下向いてこう歩く・・・。」

ちいさん、下向いて小走りになってます。


。。゙(ノ><)ノ


ブランド館//ダイヤモンドワールド

昭和の時代、デパートは特別な存在でした。買い物に行くことが家族にとっての一大イベント。いつもとは違う、よそいきの服を着て出かける夢の世界。そして、家族揃っての外食。デパートの大食堂は飛び切りな贅沢でもありました。そんなデパートの食堂が生まれたのは、今から100年ほど前の明治40年(日本橋三越)。当時は食事か喫茶かを選ぶというシンプルなメニューでした。
<明治40年のメニュー>
お食事 五十銭・西洋菓子 十銭・紅茶 五銭
おすし 十五銭・日本菓子 五銭・コーヒー 五銭

時を経て食堂はスペースを拡げ、メニューのバリエーションを増やし、大食堂というデパート独自の文化に発展して行ったのです。(現在の日本橋三越の食堂 ランドマーク:客席数160席・メニュー40品)

ちいさん、日本橋三越のランドマークのウィンドーのところへやってきました。

「あー、今でもいろんな種類があるんだねー。」

たくさんのメニューが展示してあります。

「今はもうこういうレストランって、あまりなくなったじゃないですか?おそば屋さんはおそば屋さんで独立してて、洋食屋さんは洋食屋さんで独立してるみたいなんだけど、一つの食堂にこれだけのメニューがわーっとこうあるっていうのは、あまりないんじゃないのかねー。」

現在のデパート食堂といえば、食べ物の種類ごとの店舗が並ぶレストランが主流になりました。

さて、今日は、日本橋三越レストラン統括マネージャーの須山浩通さんにお話を聞きました。

(ちいさん)こちらは、大食堂とは違うんですか?
(須山さん)大食堂の名残を残しております。こちらの食堂では。
(ちいさん)昔は一つだったんですか?
(須山さん)はい。以前は7階にあります特別食堂。4階の方にランドマークという大食堂がございました。
(ちいさん)こっちで中華を食べてるのに、そこでお寿司を食べている人がいたり、洋食を食べている人もいましたよねー。そういう状況は今、デパートってなくなりましたねー。でも、こちらは?
(須山さん)はい。今までの形で、家族の方々が、例えばお父様がお寿司を召し上がる、お母様が中華を召し上がる、お子様が洋食を召し上がるということができるレストランでございます。
(ちいさん)はー、三越さんはどーしてそれを残されてるんですか?
(須山さん)やはり私どもデパートと致しましては、家族でお越しいただくということ、三世代の方々がみなさん楽しんでいただくという憩いの場としてこちらの食堂をしておりますので。はい。

その名残は残しながらも、デパートから姿を消して行った大食堂。当時従業員として働いていた米津(米津信子さん)さんに、大食堂が活況を呈していたころの話しをうかがいました。家族にとって、デパートが特別だった昭和という時代とは?

(ちいさん)ちょっと着飾って今日はデパートへ行ってみよう!っていうようなムードが出てきてね、子供さんは何が楽しみかって言ったら、上の方の階のレストランに行くとか、屋上で遊ぶとかっていうことが、けっこう楽しみ一つだったと思うんだけども。
(米津さん)そうでしょうーねー。
(ちいさん)それは、何年ごろだったでしょうか?
(米津さん)えーと、わたしが勤めたのは(昭和)37年なんですよね。そのころの大食堂は600席という大きな、それこそ・・・。
(ちいさん)600席!!劇場だよな!

最大で600席あったという三越の大食堂。昭和のデパートでは食事と買い物が当たり前のセットでした。

ちいさん、デパートの思い出を語り出しました。

「これも恥ずかしい話なんだけど、僕はね、千葉県の片田舎に住んでて、小学校の高学年、5、6年生になった時に初めて、親父の車に乗って千葉市まで来たんですよ。で、テニスのラケットを買ってくれるっていうんで、デパートまで行くんだって来たんですよ。

で、その時親父がちょっと用事があって、その場所に行かなきゃいけなくて、運転して下さった方といっしょにレストランで待ってろということで、初めてそこで僕、レストランということころに入って、ナイフとフォークがあるだけでもう緊張して、子供心に。これで食べなきゃいけないのに、どーしよーかなー。と、思っていた時に、その運転してくださる方は、”武男ちゃん”って僕のことを。”ハンバーグ食べようか?”って言ったんですよ。でも、僕はハンバーグってものをしらなかった。恥ずかしくって。でも目の前にハンバーグが、大人用のハンバーグが来たんだけども、こんなにおいしいものが世の中にあるのか?って未だにその味が口の中に残ってて、あれを超えるハンバーグをまだ食べてないんですよねー。」

目移りするほどのメニューの中から選んだ食事。デパートの大食堂には誰もが忘れえぬそれぞれの思い出が詰まっているのかもしれません。

(ちいさん)どんなものが一番人気がありました?
(米津さん)そうですねー。天丼なんか6階食堂有名でして、あと、中華のカタヤキそば。餡の乗った。そういうのとか。
(ちいさん)ああいうのなかなか家庭では食べらんなかったからねー。
(米津さん)あと、五目そばも有名でしたし、やはり子供さんにはお子様ランチでしょうかねー。
(ちいさん)お子様ランチのね、今日はちょっと、その話もしてお伺いしたいんですが。だいたいお子様ランチというものはどこから出たんでしょうかねー。

(須山さん)昭和5年にですねー、私ども三越の主任でおりました安藤というものが、当時、お子様に何もこうご提供できない、何かこう夢のあるものをご提供できないか?と、いうことで試行錯誤をしたものがお子様ランチ。当時はお子様洋食ということで・・・。

昭和5年に誕生したお子様ランチ。(当時、お子様洋食30銭。新聞購読料1ヶ月1円)
<昭和5年の御子様用メニュー>
御子様洋食 三十銭・チキンライス 十五銭・ハヤシライス 十五銭
御子様○○ 二十戦・御子様寿シ 二十銭
小麦パン 十銭・赤チャンノ御菓子 五銭
オシルコ 八銭・アイスクリーム 十五銭・ココア 五銭・フルーツ 五銭
(○○は読めませんでした。)

すこし贅沢なあこがれのメニューだったのはこの当時から。そんな誕生当時のお子様ランチを再現してもらいました。

(ちいさん)昭和5年に、こんな素敵な三越さんにはお子様ランチがあったの?

あれもこれも食べてみたい。そんな子供の夢を叶えてくれるお子さまランチ。お皿に並ぶ料理は今も昔も子供たちの好きなものばかり。持って帰りたくなるお菓子。そしてお子様ランチの象徴とも言える山盛りのご飯の上に掲げられた旗もこの時から。

(ちいさん)この旗を立てるっていうのはどっから始まったんですかねー。
(須山さん)山に登った時に、要するに、こうエベレストでもそうですけど、登ったというこういう旗を・・・。
(ちいさん)あの旗から来ている。のと同時に宣伝活動の一環として。。。これそう言っちゃーなんですが、よそのデパート行くとそのマークが入ってんですか?
(須山さん)だいたい、日の丸が多かったり。

須田さんが運んできたお子様ランチは、真ん中に、ハム、その上にパセリが乗っていまして、そのハムとパセリを中心に、時計回りに、上の方からサンドイッチ(一つは茶色の素材ですが、不明です。もう一つはたまごが挟んであって、その下にはレタスが敷いてあります。)、スパゲティー・ラムネ菓子(オレンジとブルーの包み紙)・クリームコロッケ・ポテトサラダ・富士山型になったライス(下がチキンライスで上が白いご飯のまさに富士山のよう。)があって、そのライスの上に三越の赤い丸に「越」の字の旗がはためいていました。


コロちゃんのコロッケ屋!楽天店//生活横浜倶楽部//フェスティバルプラザ

(ちいさん)ある家庭でご飯を食べない子がいて、お母さんが苦労していろんなもの作った上に、自分で旗を作って、これをこうやってご飯の上に乗せてあげると、食べない子供が食べるって、面白い話だなーって思って、話しを聞いたことがあったけど、この旗が乗っているということと、これだけでもう、お子さまランチという当時なんかの幸せな家庭が見えるような気がしますよね。

<お子様ランチの旗関連ページ>
雑学集//TOP


厨房卸問屋 名調2号店

子供たちに明るく夢のあるものを。世界恐慌が未だ尾を引いていた当時、そんな思いを込めてお子様ランチが作られたといいます。ランチョンマット(お皿の下に引く敷物)にも食事の時間を飽きずに楽しんでもらおうと、工夫が施されていました。(ランチョンマットには、サル・ライオン・ソウ・キツネ・トラ・キリンなどの絵が飛び出してくるように作られています。)

(ちいさん)フォークとスプーンがついて。いただきます。須山さんこういうの食べたんだろうね。
(須山さん)はい。夢のような料理でした。


WMF SHOP

ちいさん、初めてのお子様ランチだそうです。

(ちいさん)あ、そう!なんで?うちではこういうの食べられなかった?
(須山さん)やはり一つの大きなお皿に全部載ってるっていうのは、非常に子供にとっては、楽しいと思う。それと、その旗を自慢げに持ち帰った記憶があります。
(米津さん)我々サービス側から言えば、お子様ランチは必ず、親より先に出すことが鉄則でしたね。
(ちいさん)そういえばそうだったかもしれませんね。先にお子様のものが来ましたよね。あれがそういう決まりがあったの?
(米津さん)ええ!
(ちいさん)例えば、どーしてですかねー。
(米津さん)やはりお子様。。。
(ちいさん)そうだよねー。お父さん食べてんのに、子供がなかったら、イライラするもんねー。

(米津さん)子供さん満足すれば、親がうれしいーでしょうにねー。やはり、その辺のウェイトレスの気配りもあったかと思いますねー。

(須山さん)それとお料理は必ず揚げたものは、少し冷まして、ですから冷たいという感じはありますけれども、わざとこう冷ましてお料理を提供しています。
(ちいさん)子供さんには!

お子様ランチはやがて全国へと拡まって行き、そして今もまだ、人気の定番メニュー。その形は変化し続けながらも、夢を見て欲しいという思いは時を経た今も、受け継がれています。(現在のお子様ランチ(840円)は、当時とさほど変わらない料理が盛られていて、もちろん、旗も立っています。違っているのは汽車の型のお皿の上にお子様ランチがあって、その汽車の煙突からは煙が出る仕掛けがされていることです。)

(ちいさん)初めての経験だよ。僕、旗の立ったランチ食べたの。この番組じゃなきゃできないな。

次世代を担う子供たちが何よりの宝物だった昭和。よそ行きの服を着て出かけたデパートの大食堂が、あこがれの場所だった。そんな時代にあふれていたのは、夢の詰まったお子様ランチを食べる笑顔。そして、それを見つめる笑顔。大食堂でする食事は幸せな昭和の家族の象徴だったのかもしれません。

「食堂っていうのは、みなさん家族団らんで来て、ここでほんとに、憩いの場所でもあったわけですが、今もこうして、ここにはたくさんのお客さんが来て、食堂で食事をしながら楽しんでらっしゃる様子を見ることができます。形は変わっても、皆さんに喜んでいただくというこのデパートの食堂の精神は、受け継がれているようですよね。」

家族の笑顔が溢れるデパートの食堂。あこがれのお子様ランチは今もここに。

<お子様ランチ関連ページ>
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