テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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「今日のテーマはこれです。カメラさんちょっと、上を振って下さい。」

そこには、空にそびえる煙突がありました。

「これを見れば皆さんすぐお分かりでしょうねー。はい。銭湯です。」

「昭和の風景を訪ねて 銭湯」

空にそびえる大きな煙突。その下には庶民の憩いの場所がありました。銭湯の誕生は1591年(天正19年)の江戸。お城の近くで始まりました。体を清める仏教の教えとあいまって、庶民のお風呂場として全国に広まって行きました。長く庶民の生活に根付いていた銭湯を探しにやってきたのは、東武練馬駅。この街に昔ながらの佇まいを守り続ける銭湯がありました。ここが目的地の北町浴場

<東武練馬駅関連ページ>
ウィキペディア

「なんかこう、そのままの造りでいいですよねー。」

茶色の暖簾に”北町浴場”の白い文字。
奥にはそれぞれに番号が付いた鍵付きの下駄箱も見えています。
ちいさん、暖簾をくぐって、靴を脱ぎながら、

「靴入れなんかも昔のままあります。これもちょっと、使わしてもらいましょう。」

下駄箱は昭和の宝箱。好きな野球選手の背番号と同じ番号ふだを取り合う子供達。そんな姿もありました。

さらにちいさんが奥へ入って行くとご主人が出迎えてくれました。(大人430円・中人180円・小人80円)

(ちいさん)ここは、もう、何年ぐらいに始めらて・・・。
(ご主人:新井直和さん、67歳)昭和30年に開店しました。
(ちいさん)じゃあ、ご主人のお父様?
(ご主人)そうです。
(ちいさん)あー、じゃー二代目、三代目・・・。
(ご主人)そうです。二代目ですね。

(ちいさん)30年というと丁度ね。やっとこれから日本が欧米諸国に追いつけ追い越そうなんっていう気構えが少し出来た頃だと思うんですがねー。
(ご主人)そうですねー。

(ちいさん)東京に人が集まってきて人口も増えたけども、内風呂というんですか?うちん中にお風呂がない状況が多かった。
(ご主人)そうですねー。そうです。で、地方から人がたくさん来るし、そういう住環境の中では、公衆浴場が絶対どこでも必要だっていうんで、隣接してました。(昭和30年代、東京では内風呂のある家やアパートが多くありませんでした。)

ビルが立ち並ぶ以前、銭湯の煙突は遠い場所からでも見える街のシンボルでもありました。ただ、体を洗ってお湯に浸かるだけではなく、社交場としても機能していた銭湯。しかし、昭和40年代初頭をピークに、年々減り続けています。

東京都内の銭湯の数
昭和43年 2687軒
平成17年 1025軒
東京都浴場組合ホームページより(番組表示)

<北町浴場関連ページ>
Magabon//TOP
東京レトロを行く//TOP

大きく”ゆ”、そして、下に小さく”男湯”と書いた暖簾をくぐると、脱衣場に出ました。
そこには、ロッカーと、洗濯機、それに、机やあんま機などが置いてあります。

(ちいさん)あ、こういうふうになって。昔はこういうところに、必ず番台があったんですよねー。
(ご主人)そうですねー。
(ちいさん)これが必ず一段高いところにあってー。入ってきたお客さんこういうところでお金を払って、あれしましたよねー。
(ご主人)そうですねー。

<番台関連ページ>
銭湯・温泉・サウナ王国//TOP

時代とともに、様変わりして行く見慣れた風景。お風呂を見渡す番台も、消え行く昭和の面影のその一つ。それでも銭湯の大きさは昔のまま。内風呂にはない広々とした脱衣場。その高く開放的な天井には、湯上りの体から立ち上る湯気と、人々の声が染込んでいる風合いが残されていました。銭湯ならではのものは他にもあります。

ちいさん、脱衣場のロッカーを開けて、ちいちいバックを入れようとしています。

(ちいさん)中にこういうかばんや、なんかをこう入れるわけでよねー。おぅ!

ちいさん、下駄箱の木製の鍵(下足札、番号1)を床に落としてしまいました。

(ご主人)鍵を落とすのもねー。一つの独特の皆さんの仕草なんですよ!たいがいの人は落とす・・・。
(ちいさん)なんでですかねー。
(ご主人)なんでですかねー。
(ちいさん)。。。逆にこんな大きくてあれだから、忘れないし、なくさないんだろうねー。

使い込まれてすっかり角のとれてしまった下足札。銭湯はいろんな暖かさに包まれた場所でした。

<下足札関連ページ>
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Bサプライズ

(ちいさん)銭湯の例の絵描きさんですか?
(ご主人)ええ!

銭湯と言えば、壁に描かれた大きな絵。今日はその描き換えの日でした。

(ちいさん)。。。前からこの絵だったんですか?
(絵描きさん)前は別の絵だったんです。今、描き換えまして。もうすぐ仕上がります。

「昭和の風景を訪ねて 銭湯絵師」

壁一面に大きな絵を描くこの方。今では東京に3人しかいない銭湯絵師の中島盛夫さん(61)。

(ちいさん)これは、だいたい何日ぐらいで描くものなんですか?
(中島さん)これは、2時間ぐらい。

(ノ゚ο゚)ノ 2時間!

(ちいさん)下地とか、ここにモデルになってる絵とかなんにもない。
(中島さん)。。。はないです。もう、頭ん中に。

銭湯の壁の定番と言えば、この富士山。露天風呂さながらの雄大な景色が、街のお風呂でも味わえる。日本のシンボルは銭湯のシンボルでもありました。こちら、昭和20年代の銭湯。そこにもやはり、その姿(富士山)が。(ここで、昭和20年代の女湯のお風呂場の写真が紹介されてました。裸の女性の姿がたくさん写ってました。しかし、よく写真撮らせてくれましたよね。)

(中島さん)東京に住んでる人って皆地方から出てきてますでしょ?そうすると、なんか、田舎を思い出すような絵を描く。
(ちいさん)それには富士山がいいんですかね!
(中島さん)う~~ん!

中島さん考え込んでしまいました。ここで、ちいさん!

(ちいさん)銭湯は富士山でしょ!ってこれは、俺たちは決まってると思ってるから、何の違和感も思わないけど、やっぱり、これは富士山は日本の象徴だし、故郷という代名詞なのかねー。
(中島さん)そうですねー。

ちいさん、うまくまとめていました。

(ちいさん)いくら日本の画家でも、いろんな人がいても、これだけの数、富士山描いてる人はいないでしょ。
(中島さん)いないですし、大きな富士を描いてる人はいませんね。

手本も下絵もなく、頭の中にある富士山を、たった一人で大きなキャンバスに描く中島さん。銭湯の絵を描き始めてすでに42年。これまで5000枚以上の富士山を描き上げてきました。

(ちいさん)銭湯の絵を描くきっかけになったことはどんなことですか?
(中島さん)最初はですね。38年頃ですか?墨田区に住んでたんですが、ある町工場に働いてまして、隣が銭湯だったんです。で、仕事終りますともう汚れますんで、即、風呂に入りに行く。その時に始めて銭湯に行った時にこの絵(富士山の絵)があったんですね。で、びっくりしましてね。たまたま新聞見まして、求人広告にこの助手を募集してた・・・。それ見をなかったら、この商売やってなかったですよ・・・。
(ちいさん)面白いねー!あーそうーー!

(ちいさん)で、新聞広告で行った。。。この絵の修行をするわけ?
(中島さん)そう、即行きまして、もう最初から、(富士山の背景の)空塗りばかり3年間!
(ちいさん)空塗りばかり3年間!
(中島さん)それで3年経ったら、もう描いてみな!片方、描かされる。。。(今日は)女湯の方を描いてみな。描かされるんです。

(ちいさん)。。。描いた時に親方から何か言われたんですか?
(中島さん)いやー、うれしくて描きましたけどねー。もう今考えると酷い絵だった。

銭湯で感銘を受け、銭湯に捧げた中島さんの昭和。多くの人たちが集まる庶民の社交場では、こんな運命的な出会いも少なくなかったのかもしれません。昭和の街角に当たり前のようにあった銭湯。そこは人生を教えてくれる場所でもありました。

<銭湯の背景画関連ページ>
大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合//TOP
東京浪漫劇場//TOP

「昭和の風景を訪ねて 銭湯」

(ちいさん)この中で子供の頃学んだこととか、お父さんがこどもを叱ってる姿とか、こういう風にみんなといっしょに入るときは、こう入んなきゃいけないんだよっていうルールを教えたり、そういう教育の場でもあったんですよねー。
(ご主人)そうですよねー。自家風呂では要するに親子のふれあいとかそういうものがないですよね。だから、こういう大きなところで、親子は頭を洗ってやったり、背中を流してやったりすることをやっぱりやってあげないと、ダメなんですよ。

次の世代へと残して行きたい銭湯という文化。しかし、現実は、

(ちいさん)まず、お風呂屋さんの方なんですが、後継者としてはどなたかいらっしゃるんですか?
(ご主人)いやーそういう人いませんねー。
(ちいさん)なんで?息子さんやんないの?
(ご主人)。。。女の子ばっかりで・・・。
(ちいさん)女の子だってできるじゃないですか?
(ご主人)独立しましたしねー。
(ちいさん)独立させないんだよ!

ちいさん、もう、めちゃくちゃ言ってます。

(ちいさん)残念ですねー。でもー。こういうものが残ってて欲しいっていう、勝手な僕らのわがままかもしれんけど、なんか続けて欲しいですねー。どうですか?絵の方は。
(中島さん)右に同じ。
(ちいさん)。。。そんなこと言わずにさー。

豊かな生活を追い求めた昭和の時代。明日への活力を養ってくれた銭湯には、経済とは別の豊かさがありました。街から煙突が一本消えるたびに、それを失っているのかもしれません。

「あーーー。銭湯にコーヒー牛乳ね!昭和のなごりです!。。。」

ちいさん、コーヒー牛乳を一気飲みです。

大きな煙突がある昭和の風景。散歩の途中に探してみませんか?

<コーヒー牛乳と銭湯の関連ページ>
絶滅寸前のフルーツ牛乳を追って


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