テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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「昭和の風景を求めて 昭和の紙芝居」

「今日は!どうでしょう皆さん。夕暮れ時のなると、どっからともなく聞こえてくるこのしょうひぎの音。”カンカンカンカン”とか、これを聞くと、お!きたぞっ!て、思い出す方もいらっしゃると思います。そうなんです。紙芝居なんです。」

さてちいさん、小岩駅を出発です。

<小岩駅関連ページ>
潮騒とカナリア//TOP

「昭和の風景を求めて 街の紙芝居屋さん」

”カンカンカンカンカンカンカンカン”町に響く拍子木の音。

これを聞けば、鬼ごっこもおままごとも、一時中断。心待ちにしていた楽しい時間の始まりです。子供達が固唾を呑んで見守ったのは空き地や広場にやってくる紙芝居。独特の語り口調、そして、躍動感あふれる画。テレビが普及するまで、子供達にとって一番の娯楽はこの紙芝居でした。大きな紙芝居の箱を自転車の荷台に積んだ紙芝居のおじさん。永田為春さん(79)は、今も現役で街角に立つ街頭紙芝居師です。そんな永田さんの紙芝居を見るために、ちいさんの訪れたのは、江戸川区鹿骨。
(街頭紙芝居は、昭和初期に誕生。昭和20年代のピーク時には、東京で三千人の紙芝居師が存在したそうです。)

<拍子木関連ページ>
エイカン//TOP


eSPORTS楽天支店

カンカンカンカンカンカンカンカン

「はい!なんか、ほら、懐かしい光景ですよー。これはー。」

ちいさんの前方100mぐらい先に、子供達が集まっているようです。

(永田さん)ちいさん、今日は鹿骨?(地名)
(ちいさん)はい、もうそうなんです。

ちいさん、永田さんの紙芝居を観せていただくことに。何十年ぶりかの紙芝居観賞です。

紙芝居は”黄金バット”、永田さんの独特の語り口調が周辺に響きます。

では、黄金バット、ナゾー編の始まりであります。
アルプスの連峰のかなたより、突如として姿を現したのは、
正義の味方黄金バットであります。

”うぁーはっはっはっ!”


<黄金バット関連ページ>
ウィキペディア
黄金バット(テレビオープニング)
はてな・フォトライフ

平成の世に蘇る昭和の風景。周囲の環境は変わっても、紙芝居とそれを見つめる子供達のまなざしは、当時のまま。紙芝居は教えてくれるのは、想像する力。そして、夢を持つこと。さらに、皆で楽しむためのルールやマナーも自然と学んで行ったものです。それから、駄菓子を買うことも紙芝居の楽しみの一つでした。

(永田さん)ちいさんなんか食べますか?
(ちいさん)ええ、ええ!これをいただきますよ。
(永田さん)べっこうあめ?
(ちいさん)いやいや、ソースせんべい!。。。懐かしいなー。。。こんなついちゃってるよ。

ソースせんべいにはいっぱいタレがかかってました。

(ちいさん)懐かしい味だ!

<関連ページ>
やおきん//TOP


販促イベント屋

これまで、数え切れないほどの子供達を集めてきた拍子木。今では見かけることも少なくなってきたレトロな自転車。そして、その荷台に積まれた紙芝居の箱。引き出しを開ければ、色とりどりの駄菓子が。宝石箱のように見えた紙芝居箱。永田さんの愛用品は、昭和のころから変わらぬものばかり。

(ちいさん)ちっとも、昔と変わりない姿ですよねー。
(永田さん)そうですね。昔とおんなじ。。。

ちいさんと永田さん。並んでどこかに行くようです。

(ちいさん)紙芝居の箱なんか、当時のままですか?
(永田さん)これはまだ、3、40年前のものですね。

永田さんの自転車の後ろの荷台には、茶色い大きな箱が積んであります。箱には、

昭和34年度”よい紙芝居”
後援 東京都青少年問題××合 東京都教育××合
東京紙芝居組合
NO751

と、書いてありました。(×は磨り減ってよく読めませんでした。)新しいと言っても、昭和34年製。半世紀近く働いてきたものです。

(ちいさん)一日、回る数というのは、だいたい当時決まってたんですか?
(永田さん)そうですね。だいたい決まってるわけです。何時、どこに入るということを。一日、昔は、5,6箇所は回っていたわけですよね。

語り口調が紙芝居をやっている時のような永田さんです。

(ちいさん)今日はここの辺りを重点的に5箇所歩く。次の日はまた違うところを、5箇所ぐらい重点的に歩くというようなことだったんですか?。
(永田さん)いいや違う。同じ場所です。毎日同じところ。

永田さんは、一日、5~6箇所、毎日同じ場所で紙芝居を続けてきました。

(永田さん)わたしも(昭和)19年から52年になりますけど、その間、ずっと紙芝居をやってたわけですよねー。ですから、もう親子三代四代になっちゃってるわけです。で、その子たちがみんな来てくれるからね。

永田さんの声に耳を澄ませ、食い入るように紙芝居を見つめた思い出。ここは、昭和の子供たちと同じ記憶を今の子供たちも共有できる街。

(ちいさん)永田さんのお宅へお邪魔してですねー、実際、当時から使っておられたという紙芝居の数々を目の前にするのは僕、初めてなんで、ちょっとびっくりしてますが、これは、ずいぶん厚い紙で書いてあるんですね。
(永田さん)そうですね。ボール紙のようですね。。。これ、加太こうじさんが書いたものです。

加太こうじ氏は、1918年(大正7年)生、「黄金バット」をはじめ数多くの作品を世に送り出した紙芝居作者です。永田さんのお宅には、この加太こうじさんの作品とも言える紙芝居が、たくさんありました。
(マンガ ゴクウ・黄金バット・鉄の爪・吹雪峠など)

<加太こうじ関連ページ>
漫棚通信ブログ版


ムラウチDVD

(ちいさん)。。。誰かが加太こうじさんが書いたものを、紙芝居協会のようなところが印刷するんですか?当時は。
(永田さん)印刷じゃないですよ。手描きです。これ全部。自家の。

2~3年かけて全国を回り、各地の子供たちに夢を与えてきた手書きの紙芝居。その描き手からマンガ家に転進し、さらなる夢を与えて行った人達も少なくありません。白土三平「カムイ伝」、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」など、紙芝居出身の漫画家も多いのです。

(ちいさん)。。。だけど、臨場感のあるいい絵だよねー。こういうものを観たことがないから、この怖い顔とか、この状況とか、こういうのはみんな子供には凄く新鮮に見えたわけですよねー。これはやっぱり、今なんて見ても、これはりっぱに、子供達の情感に訴えるものがあるような気がしますよねー。

永田さんの手許にある紙芝居は、700作品以上。今となっては、貴重な歴史的価値のあるものばかり。消え行く文化を後世に伝えるためにと、講演会などにも積極的に参加しているという永田さん。昭和の子供たちを魅了した名作の数々。今もまだ、その出番を待ち続けていました。

(ちいさん)物語というのは、この後ろに何かあるんですか?
(永田さん)後ろにねー。

ちいさん、紙芝居を裏返してみます。

(永田さん)あらすじだけを書いたものを、これまとめたわけですよね。
(ちいさん)これは、どなたが書くんですか?
(永田さん)うちで書かしたんですけど、女房に。。。自分のしゃべりいいように。

紙芝居の台詞などの文章は奥さんが担当されていたそうです。

(ちいさん)ってことは、奥様は、これを何をもとに書く?
(永田さん)だいたいのことが書いてあるものがあった。。。この裏に書いてあったんです。
(奥さん:ヨシさん、80)それをしゃべりいいように。

(ちいさん)はーー!夫婦共同作業だったんだ!

共に歩んできた52年は紙芝居の伝統を守り続けた年月でもありました。紙芝居の文字通り裏側に残された夫婦の絆。丁寧にかかれたその文字一つ一つが、紙芝居の歴史であり、夫婦の歴史でもあるのです。

ちいさん、奥さんが書いた紙芝居の裏側の文章を読みはじめました。

そこへ通りかかったのは大山巡査であった。

(大山巡査)その子はどこの子だ!お前のうちの子供じゃないだろう。
(子供:てん吉)この子はおいらの妹だよ!

てん吉はほんとのことを言わなかった。


(ちいさん)さて、また来週、になるわけですねー。いい話じゃないですかー!今でもこれ、現役でやってらっしゃる方、いらっしゃるんですか?
(永田さん)いないでしょう。都内に誰もいないんじゃないかと僕は思えるんですよね。要するに、イベントでやってる人は2、3人いますよね。だけど、現役で街の中を回ってる紙芝居ってのいないでしょう。
(ちいさん)あーもうー、でも、それは凄いことですねー。
(永田さん)でも、やってもね、営業には全然ならない。赤字になるだけあるということで・・・。

53年もの長い間、紙芝居を続けてきた理由を尋ねると、”こどもが好きだから”そう、答えた永田さん。

(ちいさん)。。。昭和の時代の子供たちと、今の時代の子供たちは違いますか?
(永田さん)学校から帰ってきたら、かばんを放りだして、空き地で遊んでたような時代とは全然違うわけですよ。学校から帰ってくりゃ、塾に行かなきゃりゃならない、習い事に行かなきゃならない。子供たちの遊ぶ時間が全然ないわけですよね。ほんとに子供たちはかわいそうだと思いますよ。

子供たちの遊ぶ声がこだまする夕暮れの街角。ちゃんばらにメンコ。女の子はゴム飛び。空き地や路地裏にあふれていた子供たちの笑顔。これもまた、消え行く昭和の風景の一つ。

(ちいさん)絶対、僕らの子供の頃に、受けた紙芝居で受けた影響は、今、団塊の世代と言われる人達が、みんな子供の頃に、何かしらこの辺になってるものなのに、もうそれが時代と共になくなりつつあるということが凄く残念なんですよ。
(永田さん)紙芝居を見ながら育った子供は、みんないい子になっていますよね。。。僕も何代も見てるけどね。

昭和の風景が失われ行く中、街から姿を消して行った。駆け回る子供たちと街頭紙芝居。それでも子供たちの笑顔だけは、昭和のあの頃のまま、街角に残っていました。その笑顔をまた見たくて、永田さんは今日も自転車を走らせています。記憶の中に息づく紙芝居。機会があれば、少年少女の時代にタイムスリップしてみてはいかがでしょうか?

<永田さんの紙芝居が観られる場所>
ちい散歩オフィシャル

<紙芝居関連ページ>
テレビなコラム(駄菓子)
漫画の起源:街頭紙芝居師
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Off The Road ここだけの話


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2008/10/04(土) 00:22 | URL | #-[ 編集]
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2007/06/03(日) 13:43 | URL | テレビなコラム #TZpNm4HA[ 編集]
はじめまして!
はじめまして!水谷と申します。

ブログ開設のご挨拶回りで
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今後とも宜しくお願いいたします。
2007/05/31(木) 15:22 | URL | 脱サラの星! #-[ 編集]
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