テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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今日のはじめて物語は鍋料理に欠かせないあの調味料。食文化を変えた伝説の男のドラマがありました。

「はじめて物語 文化を変えた伝説の味!!」

(ゆうこちゃん)今日はですね。昔は冬だけ、今は一年中という便利なものです。
(ちいさん)こたつか?
(生稲さん)。。。お膳ひっくり返したらマージャンできるとかね!
(ゆうこちゃん)いえいえいえ!皆さん食卓で使っているんだと思うんですけれども。

と、いうわけで、ゆうこちゃん、今日は、西友LIVIN錦糸町店へやってきました。

<西友LIVIN錦糸町店関連ページ>
ようこそ!LIVINねこの部屋へ//TOP

(ゆうこちゃん)料理をする際に基本となる調味料に「さしすせそ」というものがあります。

さとう
しお

せうゆ(しょうゆ)
そ(みそ)

<「さしすせそ」関連ページ>
調味料さしすせそ

この五つ!そして今、この五つの仲間入りしそうなのがこちらの味ポンです。今や焼肉や焼き魚、そして、サラダにも直接かけている人がいるそうなんです。今日はこの味ポンの歴史を散歩します。

醤油とお酢がいっしょになった便利な調味料味ポン。その誕生の裏には、日本の鍋文化を変えようとした伝説の男がいました。徹底した味の分析。築地で繰り広げられた奇想天外な作戦。そこには知られざるドラマがありました。ひらめきの瞬間。はじめて物語。

(ちいさん)昔はもー、味付けの代名詞として、醤油をねー、僕なんかかけてたけど、このごろ、あのー、こういう味ポンとかそういうのを使う。僕はねー豚鍋するんだよ。豚の肉と白菜、豚の肉と白菜と、重ねてって煮えたらこれでつけて食べるとおいしいんだ。
(生稲さん・ゆうこちゃん)うぁ!おいしそー!
(生稲さん)鍋とかは、欠かせないですよね!だいたい、いつも、2本くらいはストックしてあります。

さて、ゆうこちゃんは、中央区の新川にやってきました。

(ゆうこちゃん)こちらにミツカン(MIZKAN)があります。

迎えて下さったのは、ドライ事業カンパニー管理部 部長 三沢啓志さん。昭和50年代の後半に、味ポンのマーケティングを担当されていました。

ゆうこちゃん。黒塗りのちょっと重たい扉を開けました。(ビル内の中庭に出ます。)

(ゆうこちゃん)いきなり江戸時代みたいになってるんですけれども。わー!すごい!ちゃんと石も敷いてあって。
(三沢さん)これはですね。私ども本社があります、愛知県の半田工場(黒塀)、そのイメージをですね、ここに持ってきたものなんですよ。

昔の板壁のイメージがビルの中に再現されていました。ゆうこちゃんの言うように、江戸時代にタイムスリップしたような感覚の世界が眼前に広がります。

(ゆうこちゃん)ミツカンのマークがありますねー。この黒い壁にどん!と、あるとかっこいいですねー。

黒塀が今も残る愛知県のミツカン半田工場(愛知県、半田市)。ミツカンはおよそ200年前にこの地で創業しました。それまで使われていた米ではなく、酒かすを原料に酢を作ることに成功した創業者。品質が良く安いことからたちまち大人気となり、酢と言えばミツカンと呼ばれるようになったのです。

<ミツカン酢の里(半田工場)関連ページ>
Digital Fotografo!

(三沢さん)今、販売してます商品全てを陳列しております。
(ゆうこちゃん)ミツカンのお酢といえば、やっぱり、代表中の代表なんでしょうね。このね。。。

(ゆうこちゃん)ここ、キッチンみたい。
(三沢さん)お得意様をお呼びした時に、いつでも試食ができるように。キッチンになっております。
(ゆうこちゃん)と、いうよりあそこにあるのはお鍋!
(三沢さん)水炊きを用意してますよ。

窓越しに見えたのは試食用厨房。そして、そこには鍋。ゆうこちゃんの期待が膨らんで今にもはじけそうです。

(ゆうこちゃん)部屋中にいい匂いがするーーー!

土鍋のふたを開けると、グツグツ、グツグツ!丁度良い食べごろのようです。まずは、三沢さんが、お約束の味ポンを小皿に入れてくれました。ゆうこちゃん、箸を鍋に投入です。


ベストライフ

(ゆうこちゃん)うん!おいしー!ちょっとね、味ポンつけるとさっぱりしますよねー。
(三沢さん)そうですよね。食も進みますしね。

三沢さん、まるで、小さな子供が食べているのを見るような目をして、ゆうこちゃんがパクつくのを見守っていました。

(ゆうこちゃん)ふふん!ちいさんに怒られちゃう。。。

ゆうこちゃんが食べてる時は完全にレポートがフリーズするのですが、この間、無言で番組が進行してます。ただただ、水炊きが煮えている音が響き渡っていました。

さて、この西日本の郷土料理水炊き。これを全国に広めたのは、味ポンを売るための戦略だったというのです。そもそもポンズの語源は、オランダの酒「PONS」。江戸時代、出島のオランダ人から伝えられ、その後、材料である柑橘果汁をポンスと呼ぶようになったとされています。昭和35年、高度経済成長の真っ只中。ミツカン、七代目社長の中埜又左エ門は、ふぐ料理屋で作られていたポン酢を家庭に届けたいと、柑橘果汁のお酢を加えたミツカン「ぽん酢」を発売しました。しかし、それは、食べる時に醤油と混ぜて好みの味付にして使う調味料でした。そんな時、ヒラメキの瞬間がやってきたのです。始めから味を付ければ(醤油を最初から配合)、もっと、売れるはず。こうして生まれた「ぽん酢 味付け」は、昭和39年に発売されました(関西地区限定発売)。

しかし、七代目、中埜又左エ門は、その味に満足していませんでした。

(三沢さん)あのーですね。博多で水炊きを食べたらしいんですよ。七代目の中埜又左エ門が。その時に出てきたポン酢の味をですね、ひいたく気に入られたらしいんですね。で、そのポン酢を味わって、新しく鍋専用のポン酢、鍋専用の調味料として味ポンを開発しようと、こういう大号令がかかったんですね。

鍋専用の新しい調味料を作る。そんな大号令はすぐ壁にぶち当たります。開発するのは、愛知県半田市の本社の人達でした。社長が気に入った博多のボン酢の味を誰も知らなかったんですねー。そんな時、ある指令が飛びます。

(三沢さん)有名なふぐ料理店にですねー。試食に行ってきて下さい。と。そういうですねーお願いが本社からでましてね。ポン酢の味を研究して、さらには、いただいてらっしゃい!と。。。こっそりいただいてくることもあったと思いますけどね。

指令を受けたのはフグ料理が本場の大阪の支店や工場の人たち。毎晩のように料亭やふぐ料理屋に通い、各店自慢のポン酢を味わいました。鍋専用の新しい調味料を作る。それは社運をかけた闘いだったのです。各店のポン酢は、4年間にも渡って徹底分析され、試作が繰り返されました。その結果は、手書きの分厚い報告書として今も残っています。


ふぐ・鯨はお任せ!下関海峡新感鮮

昭和42年、4年もの歳月をかけて開発した鍋専用の新しい調味料。「味ぽん」のルーツとなる「味ぽん酢」を全国発売。ところがまたもや壁にぶち当たりました。

(三沢さん)東京ではですねー。全く売れなかった。ってゆって、まー、お鍋をポン酢で食べる文化がなかったんですよね。東京のお鍋っていうのは、もともと味が付いてるんです。寄せ鍋って良く言いますけども。お醤油味が多いですけども。ですから、ポン酢付けて食べる必要がないんですよね。

全国展開で立ちはだかった壁は、東西の鍋文化の違いでした。売れるどころか商品自体が全く理解されなかったのです。どうしたら売れるのだろうか?悩みに悩んだのは東京に配属された営業マン。いっそ会社を辞めてしまおうか。そんな時、突然、ヒラメキの瞬間がやってきます。

(三沢さん)朝売り作戦。これはもう、伝説のようになっておりましてねー。水炊きを知らないですよねー。関東の皆さんは。その人達に、直接食べていただこうっていう作戦なんですね。新入社員を中心にですね。朝売りの部隊が組まれたらしいです。

東京で味ポン酢を売ることは、すなわち「水炊き」を広めること。東京の食文化を変えることでもあったのです。新人営業マン達は、夜も空けない早朝の築地市場へ向かいました。仕入れに来る食料品店の主たちに水炊きを食べてもらったのです。

水炊きが広まれば、「味ぽん酢」がきっと必要になる。そう信じて築地に通いました。その作戦は見事に成功。徐々に売り上げは伸びて行きました。そして、味ぽん酢は全国で受け入れられるようになったのです。

(三沢さん)だいたい4時ごろに集合しましてね。5時ごろぐらいから。5時ごろ始まるんです。しかも、あのーお鍋ですから、冬ですよね。寒くて大変だったと思います。。。わたしの存じ上げているのは4人の方なんですけれども、4人の方のうち、2人が最後までミツカンにおられまして、支店長・営業部長までなられましたけど。。。むしろ、あれをやったというのが励みなったんじゃないかと思いますけどね。
(ゆうこちゃん)それだけ、印象深いでしょうね。
(三沢さん)ええ、伝説になってますから。

おいしいポン酢を家庭に届ける。その思いは東西の食文化をも変えました。今や家庭にかかせない日本の味として愛され続けているのです。

(ゆうこちゃん)ちなみに、ミツカンの社訓に「現状否認」という言葉が含まれているんですけれども、常に、味の改良に取り組んでいるんですね。

ここで、昭和45年のポン酢をゆうこちゃん、味見してみました。

(ゆうこちゃん)違う!ほんとに違う!

実際、昭和45年当時の製法でのポン酢と現在のものでは味が違い、現在の方がお酢の分量が少ないようです。このように、ミツカンでは、日夜、改良を重ねて、より良い味をご家庭にお届けできるように切磋琢磨しているそうです。

<ぽんずの語源について>
語源由来辞典

http://www.geocities.jp/bnbn81bn/1219.htm (ミツカン酢=中埜酢『酢の里』見学記)
↑のURLもミツカンの関連ページです、非常に詳しく、写真も多いのですが、あまりにページの容量が大きすぎますので、新たに窓を開いてURLをコピーして貼り付けてご覧になった方が良いと思います。


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