テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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「昭和散歩~秋葉原~」

ちいさん、続いて秋葉原方面に向かうようです。

(万世橋)「これは、万世橋。まー、これは昔から変わらない風景ですね。」
<万世橋関連ページ>
神田川のページ//TOP

(秋葉原駅前)「この駅舎の一部は、昔のままですね。。。なんか、ちょっと、見覚えがあるような気がします。。。これが、秋葉原デパート。これがなくなってしまう。」
<秋葉原駅前関連ページ>
Akiba PC Hotline//TOP
秋葉原

「昭和の風景を求めて 秋葉原」

昭和26年に開店した秋葉原デパート。東京で始めて誕生した駅ビルでもありました。多くの人に愛されたこのお店も、去年の12月31日をもって閉店。今、もっとも新しい町、秋葉原からまた一つ昭和の風景が消えてしまいました。

日々姿を変え続ける秋葉原。

「ここにラジオデパート(東京ラジオデパート)ってありますけど、こういうのは、昔と変わらずあるもんなんでしょうね。」

東京ラジオデパート
〔1〕前史 神田電気露店商の時代
〔2〕創立期 東ラジ時代の幕開け
〔1〕近代化へむかう東ラジ
〔2〕大いなる飛躍━ビルを完成させる
〔1〕パーツのワンダーランド東ラジ

ちいさん、中へ入って行きます。

「やー、これを見ると昭和を感じますね。(キョードー)それこそ、昭和散歩ですね。。。僕の友達が、こういうの(真空管)をアキバへ来ては、買って、自慢げに、ラジオ作って声が聞こえたり、音楽が流れるとすごいやったーって感じだったもんね。」

<キョードー関連ページ>
秋葉原マップ//TOP

戦争の終りは、人々にとって、新たな闘いの幕開けでもありました。生きるために何かしなければ、復員した通信兵や大陸から引き上げてきた技術者は、その腕や知識の生かしどころを求めていました。そして、彼らは神田から秋葉原にかけて、ラジオや通信機器の部品を売る露天を始めました。もともと、この辺りに電機学校などがあったため、とも言われています。そして、GHQによる露天廃止令により露天商が集合した店舗ができました。その一つが、この東京ラジオデパートです。(写真は、昭和25年2月、東京ラジオデパート)

小さなお店がひしめき合うような館内、部品そのものは変わったにせよ。小さなパーツの一つ一つが商品であることは、伝統でもあります。そして、この東京ラジオデパートの長老(斉藤電気商会:東京ラジオデパート内)とも言える方が、今も現役で働いています。

<斉藤電気商会関連ページ>
東京ラジオデパートのショッピングモール//TOP

こちらの斉藤さんが、露天商を始めたのは昭和23年。当時の稼ぎ頭は真空管。米軍の放出品などを仕入れていたそうで、自分でラジオを組み立てる人などに、飛ぶように売れたそうです。(番組では露天営業許可証(昭和23年)が、映っていました。)

(案内役の人)カメラだとか音、とってるものの中身、みんなこういうの(部品)が入ってるんです。。。ほら、同じでしょ。
(ちいさん)(スタッフに向かって)おーいお客さん!安くしとくよ!

(ご主人:斉藤幸次さん、82歳)(秋葉原の)行く末を案じております。。。ラジオ少年がいなくなったんですよね!

真空管にゲルマニウム、そんなラジオの部品を買いにくる少年達が増えてきたのは、昭和20年代後半頃、手作りのラジオや無線機は、少年達のあこがれでした。そして、高度経済成長期、三種の神器と呼ばれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫などの家電品が急速に普及し始めます。部品の町だった秋葉原は、最新家電があふれる電化製品の町へと姿を変えて行きました。

その劇的な技術革新の先頭にたったのは、この町で部品を買いあさり、ラジオ技術を学んだ少年達であったと言います。秋葉原で育ち、秋葉原を育てたかつての少年達。その姿もまた、昭和の風景。

(ちいさん)今思うと、昭和ってどんな時代でした?
(斉藤さん)苦しいけど、楽しかったですよ。。。お子さんが勉強して大きくなって立派な学者になる。。。要するに(我々は)地固めしたんですよね。それだけは、隠れた自負っていいますか・・・。

アナログからデジタルへ。今では、家電品を売る店も少なくなってきたといいます。それでも、秋葉原は、やっぱり電機の町。昭和のラジオ少年が、斉藤さんのお店に通ったように、今、秋葉原に通う少年達が、また、新しい町を育てて行くのかもしれません。技術の歩みと同じスピードで、秋葉原は変化し続けているのです。

「これから、どういう風に変わって行くのか見届けてみたいですよねー。。。こんなに町って変わるもんですかねー。」



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