テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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「今日の訪ねるものは、これです!凄い人でしょー。ラーメンです。はい!。。。これだけの人が今でもずっと、寒い中を待ってます。昭和の時代にラーメンとはどんなものだったのか?その本家って言われるところを、今日は訪ねてみたいと思います。」

「昭和の風景を求めて ラーメン」

(平成19年)3月20日、一軒のラーメン屋さんが店を閉じました。「大勝軒さん ありがとう(寄せ書きもいっぱいあります。)」という垂れ幕が象徴するように、閉店を惜しむ声が長い行列を作り、徹夜までして、その味を記憶にとどめようという人も少なくありませんでした。そして、最後の時。店主は、名残惜しむ人々に囲まれていました。

ラーメンの伝来は、江戸時代。しかし、戦後中国からの復員者が、今のラーメンの基礎を作り拡げました。まさに、昭和の味。今日は、昭和36年に開店した一軒のラーメン屋さん(東池袋 大勝軒:ちい散歩で紹介されていたふるい大勝軒の写真が期間限定で掲載されています。)とその店主の歩んできた昭和をいっしょに歩いてゆきます。

場所は、サンシャイン60に近い東池袋。高層ビルに囲まれた一角に、その古びたラーメン屋さんはありました。

(ちいさん)ラーメン待ってんのに、食べんのに、この寒い中、何分ぐらい待ってる?
(カップル)4じかーん。ふふっ。
(ちいさん)お腹空いてきてるんだろ?
(カップル)もうー、とっくに・・・。

「すごいですねー。ずっと並んでて。」

(ちいさん)ラーメンを始められた時にですね。昭和何年頃でいらしゃいました?
(ご主人:山岸一雄さん、72)いまでいう。。。蒸気機関車でね。。。集団就職みたいな形ですよ。東京へ来て、まだ、16歳!中学卒業して、その春来たんだから。。。その時ねー。墨田の方で旋盤やってたんですよ。旋盤工。機械をねー、削ってたんです。。。昭和26年のね、4月10日にー、この。。。人生が始まるんですよ。

昭和24年に長野の中学を出て上京。旋盤工になった山岸さん。朝鮮特需がこれから始まろうという時代でした。そして、昭和26年、いとこに誘われて、ラーメン屋さんを手伝うことになりました。10年の時を経て、昭和35年に二三子さんと結を期に独立。そして、昭和36年、東池袋に大勝軒が誕生しました。ラーメンが人を感動させる、そんな時代がやってくることなど誰も信じていない、昭和のラーメン黎明期のことでした。

(ご主人)会社の社長がね、ラーメン屋なんてね、若い男のやる仕事じゃない!って言われたんですよ。やっぱり向こうもね。腕に職をつけるっつう、エンジニアのあれだからね。。。やっぱり、麺を作るっていうことも同じなんですね。やっぱり、機械工作も難しいけれども、ラーメンもねー、ほんとにね、あんまり簡単にはいかない!だから、やっぱし、そういうね、試行錯誤っていうか、そういうあれは、一通り苦労して。。。それで、俺の味っていうそういうものを作りあげた。そういうつもりではいるんだけどね。

朝5時には、厨房に入っていた山岸さん。仕込みに始まり休む暇もなく、開店。営業終了後も翌日の仕込みが夜遅くまで続くという生活。試行錯誤を繰り返して辿りついた大勝軒の味。一日中、座る間もなく仕事に打ち込むという日々が、名店の味を作りあげ、そして、守って行ったのです(平成7年ごろの映像)。

(ご主人)これみんな仕事の後です。曲がっちゃって。網を持ったその網の形に、(手が)。
(ちいさん)はー手が!網もってこうやる。
(ご主人)つづら織りというかつづら織りですよ。
(ちいさん)(ご主人の手の先が、微妙に)全部違う方向を向いてるよ。。。これが、ラーメン道、何十年の手だよ!はー!
(ご主人)みんな仕事を一生懸命やる人はね、みんな指が曲がっちゃう。

手が曲がっているのは、一生懸命やっていた証拠。誇らしげな山岸さんの顔と、それに感動するちいさんの顔がありました。

(ご主人)あー、おいしかったって、ゆってねー、”ごちそうさま”って帰って行くそのお客さんのね、その声をね、もらいたい!
(ちいさん)あー、じゃーやっぱり、喜んでもらう、お客さんに喜んでもらって、精神がこれなんですね。きっと。

(ちいさん)いただきます!(中華そば 630円)いやー。。。ずるずるるる。。。ふーーん!すごいし、ものすごくおいしいだけど、食べきれない。すごい盛だよ!これ、山岸さん何の味ですか?
(ご主人)豚ガラ。鶏ガラ。人柄。
(ちいさん)人柄も入ってる。。。麺がおいしいですねぇーー。。。すごいねーこの量は!64歳の僕には多すぎます。。。物凄くおいしいんだけど、食べきれない。

大勝軒のラーメン、その最大の特徴はボリューム感。300gという麺の量は、普通のお店の倍以上と言います。そして、山岸さんが初めて作り、今では、全国に広まった「つけ麺」もこの店の名物。人柄までも入ってスープの味はもちろん!麺の量や大きなチャーシューも人気の秘密でした。

特製もりそば(つけ麺)650円、昭和36年開業当時、特製もりそば40円(当時の大卒公務員初任給14200円)

(ちいさん)こちらのラーメンは、昔から盛が多いというのが評判でしたよね。
(ご主人)みんなねー飢えてたんですよ。
(ちいさん)金儲けしようと思ったら、盛は小さくした方がいいわけでしょ。
(ご主人)それでね、きんちと計って。。。少しとってね。。。そうやるのが普通なんだけどね。。。粉を買って、かんすいを自分で作って、それでもって、自分でもって練って、それで麺にして、それでやれば、少しでも、その工賃分だけは、サービスできる。そういう思いがあったね。。。そして、量の多いも味のうちってねー、そういう名言も残しとく。ハハハ!

(ご主人)今の人は、量いらない。おいしいものをいろいろ食べたいっていうのが今の人。

オリンピックを間近に控えた昭和36年に開店した大勝軒。高度経済成長を迎えたとはいえ、まだまだ、空腹を満たすことに懸命だった時代。15歳で上京。工場に勤めていた山岸さんは、お腹を空かせて働く苦しさを誰よりも知っていました。おいしいものを少しでも安く、そして、お腹いっぱいに。大勝軒は、毎日行列ができる店になりました。しかし、長年に渡る無理がたたり、足には静脈瘤が。さらに、最高の理解者であり、協力者であった奥様の二三子さんも亡くなりました(昭和61年9月逝去、享年52)。

(ご主人)。。。やっぱし、大変だったっていうか、大きな流れっていうか、戦争に負けたっていうことがね。私の親父は、軍人だったから、当然ねー、世が世であるなら私も海軍ですよ。。。ただ、負けてね。平和になったから、それで良かったんじゃないかと・・・。
(ちいさん)お父さんは軍人で戦争負けたけど、山岸さんラーメンという戦争で、これだけ戦ってきたんだから、もう、ほんとにごりっぱですよねー。
(ご主人)女房はねー、壮烈なる戦死って言ってるんです。。。こんな小さい時から知ってたから。

夫婦と妹で店を始めた昭和36年、東池袋の大勝軒は、立地の悪い店とまで言われました。そして、時は流れ、平成19年、街の再開発により建物の取り壊しが決まりました。行列は予想を遥かに超え、徹夜組まで出ることに。この混乱の中、駆けつけてくれたのが山岸さんのお弟子さん達。これまで、100人もの弟子に暖簾分けしてきた大勝軒。日本全国は、もとより海外にまでその味は広まって行きました。そんな弟子達がひとり立ちする時、山岸さんは、心を込めた色紙を贈ったそうです。

色紙には、「麺絆 心の味 池袋大勝軒 山岸一雄」と、書いてありました。独立した若い人達に、俺のそばの味をつないで心のこもった味をお客様に差し上げて欲しいという意味だそうです。

3月20日、閉店の時がやってきました。45年の歳月を刻んだこのお店はなくなっても、山岸さんが体を張って守ってきた大勝軒の味は、駆けつけた弟子達に受け継がれて行きます。空腹を満たす1杯のラーメンが、何よりのごちそうだった昭和という時代。山岸さんの作ったラーメンは、そんな時代の象徴でもありました。お客さんの笑顔が絶えなかった東池武「大勝軒」。また一つ、街の中から昭和の風景が消えて行きました。

<大勝軒関連ページ>
夕刊フジBLOG
ワンコイン的食べ歩き生活。
自称「日本一ラーメンを食べた男」の日記
<動画>
ニュース映像
ほんとにおいしいラーメンベスト30

最後に朗報です。大勝軒復活するそうです。

大勝軒<--山岸大勝軒とは違います。

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東池袋大勝軒が、45年の歴史に幕を閉じるまで1週間を切りました。Tkzさんが日曜日の模様をリポートされています。ちょっとおセンチすぎるかもしれないけど、その素敵なリポートを読んで、私もいてもたってもいられなくなり、火曜日に行ってきました。
2007/04/15(日) 00:05:28 | ワンコイン的食べ歩き生活。
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