テレコラ、今日も書いてます。注)独断と偏見で、ドラマレビュー等からドラマをレビューしたブログ紹介等になることがあります。

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2007年前半目次

今日は、ちいさんが昭和の風景を探して散歩します。今回は懐かしいジュークボックスです。

「昭和の風景を求めて ジュークボックス」

昭和20年終戦。それは、日本にとって全てを失ったと同時に、新しい文化が一気に押し寄せる瞬間でもありました。進駐軍がもたらした華やかな文化。それは、まるで過去を振り返ることが罪であるかのように、日本を新しい色に変えて行きます。初めて耳にした軽快なアメリカンポップス。そのメロディーの記憶には、演奏されていた機械の記憶がいつもついてきます。それは、また、豊かな文化の象徴でした。そこで、今日は、ジュークボックスを訪ねます。


e-MEDIO

早速、ちいさん、懐かしいジュークボックスが置かれているというお店(BAR TARU)に向かいます。

(ちいさん)あーー。ありますよ。ジュークボックスありますよ。ペン書きで、「恋の片道キップ ニールセダカ」。懐かしいねー。あと、「朝日のあたる家」。良く昔聞いたよなー。擦り切れるほど聞いた。

ここは、昭和28年、アメリカのバーにあこがれて造られたというお店。8年前、お店にBGMを流そうと思った時、そこには、やはりジュークボックスを置くことしか考えられなかったと言います。

(ちいさん)ジュークボックスに最初に出合ったのは、どういう時?
(2代目マスター:赤羽穣さん、63歳)六本木とか赤坂でですね、えー、それこそ、ジュンバンの時代ですね。あの辺の店にポンッとあって、外人さんがこれでリズムをとったり歌ったりしていたんですけれども、いや!かっこいいなと思いましてね・・・

(ちいさん)ごー、まる、なな!そうすると、レコードが回りました!。。。待ってる間がいいんだよね!あっ止まった!。。。ウァー、懐かしい音。。。いいねぇー!

にこにこしながら、膝をたたきながら、体をゆすってリズムをとるちいさん。つられてリズムをとるマスター。二人とも楽しそうです。流れる曲は、「恋の片道切符(昭和34年)、唄 ニール・セダカ」。


あめりかん・ぱい

アメリカでジュークボックスの原型が誕生したのは、今から凡そ100年も前のこと(明治39年)。当初、自動演奏蓄音機と呼ばれていた大きなジュークボックスは、瞬く間にアメリカ全土に拡がり、バーやレストランなど、人の集まる所には、欠かせない娯楽の一部として親しまれてきました。

<BAR TARU関連ページ>
Welcome to Bar TARU's room
barと映画とおいしい時間
お☆JOの気ままなホテルライフ
居酒屋礼賛 -呑む・食べる-TOP


ワインショップ フィッチ//neroインターネットショップ

銀座で懐かしいジュークボックスに再会したちいさん。今でも、このジュークボックスを修理している職人さんがいるという話を聞き、伺うことにしました。(大和音響株式会社


イーデンキ

ここにある昭和20年代~40年代のジュークボックスは、今でも、りっぱなに音を奏でるものばかり。日本に持ち込まれた当初、豊かなアメリカ文化の象徴的存在だったジュークボックスも、日本の文化の一部として定着して行きます。そして、そのジュークボックスからは、歌謡曲のヒット曲が、生まれて行くようにもなりました。

(ちいさん)Eの7番。
(社長さん:君塚三郎さん、59歳)そうすると、下からレコードが上がってきまして、で、縦に回ってるんですねー。

この機種は、昭和35~40年の間に製造されたレコードが縦に回る構造。ターンテーブルを縦に回転させることでコンパクトにまとめ、狭いスペースにも設置できるようになりました。

(ちいさん)あーいいなー。。。

曲は、「アカシアの雨がやむとき(昭和35年) 唄 西田佐知子」


CD&DVD NEOWING

(ちいさん)(タイトルを見ながら、)もーみんな好き。僕なんか知ってる歌で・・・。

奏でる音楽に夢中になって聞いていたわたし達、昭和40年代前半に、日本の歌謡曲も取り入れられるようになり、全盛期を迎えます。しかし、時代は確実に変化して行きます。昭和46年、カラオケ機器の登場。カラオケ機器は、酒場や社交場を中心に急速に普及。音楽は聞くだけのものから、歌って楽しむ娯楽に変わって行ったのです。


ワールドネット・ストア

(社長さん)ジュークボックスも当時、なんとか歌えないかってことで、マイクをつけて、ちょっと、ミキシングをつけて、エコーを使えるようにアンプをつけて、それで、伴奏のカラオケのレコードを入れてやったんですよ。一時。。。それもジュークボックスの最後のあがきみたいなもんで・・・

時代を超えてご主人が残したかったものとは?

(社長さん)この頃の音っていうのは、(温もり)みたいなものがあったんですよね。

駆け足で変化してきた昭和の時代。でも、そこには、きっと置き忘れたものがあるはずです。かけ換わるレコードを眺めながら飲むコーヒー。ほっとするひと時でした・・・。


夢のコーヒーカップ

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